もう1つの巡礼への道
――クリスチャン・ボルタンスキー「ささやきの森」
1980年代から活動するベネッセアートサイト直島の記録をブログで紹介する「アーカイブより」。今回は、クリスチャン・ボルタンスキーによる「ささやきの森」についてご紹介します。
ボルタンスキーの「アニミタス」シリーズの1つである「ささやきの森」は、2016年、豊島・檀山の中腹にある森の中につくられました。無数の風鈴が風に揺れ動き、静かな音を奏でる作品です。風鈴の短冊には、訪れた人々の大切な人の名前が記されています。シリーズは2014年にチリのアタカマ砂漠で制作された作品から始まりました。シリーズ名の「アニミタス」とは、スペイン語で"小さな魂"を意味しています。亡くなった方に祈りを捧げるためにつくられた道端の小さな祭壇へのオマージュとして、野外に設置されるインスタレーションです。
「ささやきの森」は、最寄りのバス停から歩いて約25分かかります。自転車や車はバス停近くの駐車場に停めて、山道を歩いていかなければなりません。お客様から「なぜそんな遠い森の中にあるのか」「近くにあったほうが行きやすいのに...」と質問をいただくことがありますので、今回はその疑問にお答えします。
ボルタンスキーは作品を設置する際、距離が遠く自然に囲まれた場所を意図的に選んでいます。山までの小道を自分の足で上がっていくこと、木々の揺れる音や、鳥や蝉の声を聴きながら、森の中に身を置くこと......そのような作品を見る前の準備がとても重要だといいます。周りの自然を感じながら長い距離を歩き大切な方に思いを馳せる、その思索の時間が大切なのです。
豊島にもう一つあるボルタンスキーの作品「心臓音のアーカイブ」と同じく、「ささやきの森」は終わりのない作品です。これからも名前が増え続け、人々が大切な人を想うために訪れる"巡礼"の場所になることをボルタンスキーは望んでいます。
"この場所が巡礼の場所のひとつになっていけばいいと思っています。名前が刻まれた自分の近しい人、愛した人に会える場所になっていけばいい"(2016年7月18日アーティストトークより)
「ささやきの森」の登録は「心臓音のアーカイブ」で現在も行われており、658件(2023年9月12日現在)の名前が登録されています。亡くなった家族の名前を書く方、恋人と名前を書き合う方、大切な友人や恩師の名前を書く方など、それぞれの想いが短冊に込められています。自然を感じながら、様々な人々に思いを馳せる "巡礼"の旅に出かけてみてはいかがでしょうか。
参考:豊島への巡礼の道――クリスチャン・ボルタンスキー「心臓音のアーカイブ」
人々の記憶を
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