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Benesse Art Site Naoshima
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椹木野衣 特別連載②
宇野港でしか実現できない展示と小豆島福田集落での試み

8月2日、3日。猛暑とはいえ天候に恵まれた夏会期開幕直前、小豆島、豊島、犬島、宇野と、ふたたび「瀬戸内国際芸術祭2022」(以下、瀬戸芸)の会場を見て回った。それぞれに見応えある作品が続いたことは言うまでもないが、今回、とくに印象に残ったのは、最後に見て歩いた宇野港周辺の展示群だった。

前にベネッセアートサイト直島の歩みを振り返った別の連載の初回でも触れたように、宇野港は私が初めて直島に渡る際、見覚えのないその景観にいささか不安な気持ちを胸に初めて訪ねた起点であった。とはいえ、かつては本州側の宇野港と四国側の高松港を鉄道のダイヤに合わせて運行する鉄道連絡線「宇高連絡線」が行き来し、交通と物流の一大拠点であった。その連絡線も1988年の瀬戸大橋の開通とともに1910年以来の幕を閉じ、いまではかつてのような賑わいはない。けれども、造船業、鉄鋼業そして製塩業で栄えた豊かさの余韻は実は今でも随所に残されている。

これまでの瀬戸芸でも宇野港の周辺には色とりどりの作品が展示されてきた。だが、東京から瀬戸芸入りするにはどうしても飛行機で高松入りすることになり、海路なら宇野港からの方が最寄りの直島であっても、他の島と合わせて回るならどうしても高松港を拠点とすることになったから、おのずと宇野港からは足が遠かってしまっていた。

けれども、岡山県側(玉野市)にある宇野港が、今日のベネッセーアートサイト直島や瀬戸芸の出発点として位置付けられる重要な場所であることには変わりがない。その意味で、今回の瀬戸芸で宇野港周辺に新たに設置された複数の作品がいずれもたいへん充実していたことは、瀬戸芸に新たな魅力を付け加えるだけに留まらない、原点回帰としての意味を持つ。

なかでもひときわ充実していたのは、100年に近い歴史を持ち、半世紀以上病院として使われていた建物が、40年近くの放置期間を経て、展示会場として蘇ったムニール・ファトゥミによる「実話にもとづく」だ。瀟洒な外観を保った建物の内部に巧みに配置された15の映像と16枚の写真からなる空間には、一歩足を踏み入れた瞬間からとても不思議な感情におそわれる。

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ムニール・ファトゥミ「実話に基づく」Photo: KIOKU Keizo

建物は作られて100年にも及ぶのに、それが回顧的な印象をほとんどもたらさず、まさに2022年のものとして直接、体験として働きかけてくるのだ。それが内部の保存状態の見事さや、会場として使うにあたり施されたきめ細かい気配りなどの賜物であるのはもちろんだが、なにより作家が配置した映像や写真との相乗効果によるところが大きい。これらの映像は、ファトゥミがかつてパリの郊外に住んでいた頃、今回の会場となる元医院と1930年代頃に建てられた集合住宅が、重機によって容赦なく解体されていく様子を、作家自身がカメラに収めたものだ。

そう、ここでは時間が奇妙な反転をなしている。生き残った古い建物が生の体験として目前に完全に「静止」した状態で存在し、なくなってしまった建物のほうが映像や写真のなかで奇妙な「躍動」を持って蠢いている。私たちの本当の「いま」はいったいどちらにあるのか――地域に残された家屋を使った展示は、今では芸術祭の定番中の定番と言えるが、ファトゥミの展示は建物の特性をそのまま活かすのとはまた違う、別の可能性があることを示唆している。付け加えておけば、作家による展示指示のすべてがオンラインで行われたというのも、たんなる負の要素ではなく、このような緻密な「時間の編集」を実現するのに積極的な動機付けとなった可能性がある。

宇野ではほかに80年以上の歴史を持つ住居を活用し、やはり新旧が混雑しながら未知の外部(どこか)とつながろうとする片岡純也+岩武理恵「赤い家は通信を求む」、地球が誕生したとされる「46億年」前から海に溶け込んでいた塩の粒子を天井から筋状に降らせ、それをコップで「10秒」間だけ受け止める長谷川仁「時間家」、さらには競輪場も備える玉野市ならではの展示を隣接する公園に設置した金氏徹平「S.F.(Seaside Friction)」と、いずれも宇野港でしか実現できない展示となっている。

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片岡純也+岩竹理恵 「赤い家は通信を求む」Photo: KIOKU Keizo
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長谷川仁「時間屋」Photo: Keizo Kioku
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金氏徹平「S.F. (Seaside Friction)」Photo: Keizo Kioku

ほかに今回の瀬戸芸巡りで改めて印象に残ったのは、小豆島「福武ハウス アジア・ギャラリー」および「アジア・アートプラットフォーム」での活動だ。すでに2013年から活動が始められたものだが、コロナ禍を経てなおその渦中にありながらも、小豆島のひとつの集落にアジアの諸地域がアーティストたちによる協働によって新たな繋がりを生むという当初の目的を、着実に前進させているように感じた。カンボジアのパートナー、リノ・ブスをキュレーターに迎え、カンボジア、台湾、インドネシア、香港、タイから、多様なアート・プロジェクト、インスティチュート、講師と卒業生、アーティスト・デュオといった集合体が各所に配置された福田集落での試みは、それぞれに異なる歴史と困難な課題を持つアジアの諸地域が、「Communal Spirits/共に在る力」をテーマとし、根底に共通して流れる非欧米的な「アニミスティックな実践」を主題に連携した様は、瀬戸芸に留まらず、今後のアートの行方にとっても重要な萌芽となるはずだ。

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AAP作品サイトE:タイ コラクリット・アルナーノンチャイ&アレックス・グヴォジック「Songs for living, 2021」Photo: Sanae Ota

椹木 野衣さわらぎ のい


美術評論家。多摩美術大学教授、同芸術人類学研究所所員。1991年に最初の評論集『シミュレーショニズム』を刊行。『後美術論』で第25回吉田秀和賞、『震美術論』で平成29年度芸術選奨文部科学大臣賞(評論等部門)を受賞。瀬戸内国際芸術祭ではアーティスト選考アドバイザリー委員を務める。公益財団法人 福武財団 「アートによる地域振興助成」助成選考委員長。

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