寄稿「『時の回廊』で時間の回遊を愉しむ直島」山本憲資

「硝子の茶室『聞鳥庵』」が直島に降り立ち、しばしの時が過ぎた。ベネッセハウスでの杉本博司作品の展示が大幅にアップデートされて2022年3月『杉本博司ギャラリー 時の回廊』と銘打たれたギャラリーとして新たに公開された。直島の開発初期からプロジェクトに関わり続ける杉本の作品を辿れる場所になっている。また、元々ラウンジだったスペースもギャラリーの一部としてリニューアルされ、そちらは新素材研究所が内装を手掛けている。

姫路市立美術館で2022年の秋に開催されていた展示『杉本博司 本歌取り―日本文化の伝承と飛翔』を観に行く機会があったこともあり、前回の訪問からしばらく時間が経ってしまったが、姫路のあとに直島を訪れた。杉本ギャラリーと同時に公開された、直島では9つ目となる安藤忠雄建築だというヴァレーギャラリーにもあわせて行きたいなという思いもあり。

台風で海に流れてしまったあと、復元制作を経て新たに設置された草間彌生の作品『南瓜』を横目にベネッセハウス パークのエントランスへ。以前はフロントの向かいにはトーマス・ルフの大型の写真作品が飾られていたが、今回新たに展示されているのは、杉本博司の1977年の初期作品『華厳の滝』。

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エントランスには初期作品『華厳の滝』が展示されている。(撮影:森山雅智)

エントランスで入館の受付を済ませて、そこから階段を降りていくと、以前はベネッセハウスの宿泊者のみしか訪れることしかできなかったスペースに辿りつくのだが、『ジオラマ』や『Opticks』のシリーズが今回新たに展示作品に加わっている。このスペースの展示鑑賞は、宿泊したときにだけの密やかで贅沢な愉しみだったところもあったのだが、茶室も設置された今、ここを見るために訪れたいという人も増えることを思うと、一般に公開される流れというのにも頷ける。

杉本博司の世界観に浸れるスポットといえば、小田原の江之浦測候所も思い浮かぶが、『海景』『劇場』『建築』シリーズといった代表作の数々がギャラリーの形式で一堂に展示されているここ『時の回廊』にはより敷居が低く開かれた印象があり、多くの人が作品を愉しめる場所としてアップデートされているように思えた。

加えて、以前はラウンジだったスペースはギャラリーの一部としてアップデートされたのだが、あくまで空間としてはそもそもの安藤建築の特性が活かされたままになっていて、『三種の神樹』と名付けられた、樹齢が異なる三種のいにしえの木材を台座として用いたテーブルが設置されている。

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『三種の神樹』と名付けられたテーブルが鎮座する。(撮影:森山雅智)

「家具の彫刻化に挑んだ」と杉本はコメントしているが、ひとつは神代杉という杉が化石化した木材。当時樹齢一五〇〇年だったと思われる杉が二五〇〇年地中に埋もれ続けていたものが近年発掘され杉本の手に渡り、テーブルの素材として使われている。さらに樹齢一五〇〇年程度と思われる屋久杉、同六百年程度と推定される栃の木の合計三種が家具のかたちにアレンジされて、カフェに鎮座している。

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ラウンジスペースからテーブル越しに茶室『聞鳥庵』が臨める。(撮影:森山雅智)

縄文人、弥生人、そして室町時代の人々におそらくご神木として信仰の対象とされてきた木々とともに、窓越しにガラスの茶室『聞鳥庵』を眺めながら、時間と歴史の流れを感じられるスペースとなっていて、さてこちらでお茶とお菓子を一服。ゆったりとした時間の存在が静かに伝わってくる。

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ギャラリー入館者に提供している呈茶(お茶とお菓子)(撮影:森山雅智)

ベネッセハウスの新しいスペースを体感したあとは、ヴァレーギャラリーに向かう。草間彌生のステンレスのボールをモチーフにした『ナルシスの庭』のシリーズはニューヨーク郊外、ニューケイナンにあるフィリップ・ジョンソン設計のグラスハウスのスペースで2016年に開催されたインスタレーションで観たことがあったのだが、半分地中に埋まったスタイルのある種ミニ地中美術館のようなこの安藤建築にも実によくハマっている。水に浮かびながら少し動きがあるのもよいが、展示室の一面がステンレスのボールで埋め尽くされている光景も見応えがあった。

ナルシスの庭
草間彌生「ナルシスの庭」1966/2022年(撮影:森山雅智)

ギャラリーのエントランスの手前の地面に設置された小沢剛の『スラグブッダ88 -豊島の産業廃棄物処理後のスラグで作られた88体の仏』は2006年の作品だが、僕は初見で、新作のようにこの空間に馴染んでいたのが印象的だった。実はもともとは恒久展示だとのこと。

スラグブッダ88
小沢剛「スラグブッダ88 -豊島の産業廃棄物処理後のスラグで作られた88体の仏」2006/2022年(撮影:森山雅智)

直島を訪問しているときに、安藤さんが手掛ける美術館の建築が直島でさらにもう1件進行中との話を聞き、工事中の現場の横を通った。安藤さんは80歳を越えて、福武總一郎さんも70代後半に差し掛かっているにも関わらず、このエネルギーはいったいぜんたいどこから湧いてくるのだろうか。常にアップデートをし続けることこそエネルギーを保つ秘訣のひとつで、それは人も島も似ている部分なのかもしれないなと感じた。このエネルギーを浴びにまた再訪したいなと、いつも以上に思った訪問になった。さて、次はいつ来られるだろうか。

山本 憲資やまもと けんすけ


1981年生まれ、神戸出身。広告代理店、雑誌編集者を経て、Sumallyを設立。スマホ収納サービス『サマリーポケット』も好評。アート、音楽、食などへの興味が強く、週末には何かしらのインプットを求めて各地を飛び回る日々。「ビジネスにおいて最も重要なものは解像度であり、高解像度なインプットこそ、高解像度なアウトプットを生む」ということを信じて人生を過ごす。

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