犬島パフォーミングアーツプログラム
「犬島サウンドプロジェクト Inuto Imago」
内橋和久インタビュー
≪ 前篇 ≫
「犬島パフォーミングアーツプログラム」の第3弾は、「犬島サウンドプロジェクト
――ベネッセアートサイト直島では、瀬戸内国際芸術祭2016にあわせて、犬島パフォーミングアーツプログラムと題し、4つのプロジェクトを展開しています。すでに終了した、MuDA「MuDA 鉄」、Nibroll「世界は縮んでしまってある事実だけが残る」は、ダンスや舞踏といった身体表現が主だった演目でした。今回の内橋さんの「犬島サウンドプロジェクト Inuto Imago」は、サウンドプロジェクトと称されるように、音、音楽を扱うものになりそうですね。
内橋:
「なんで犬島で?」ってよく聞かれるんだけど、オファーは「犬島で何かやってください」だった。「何をやってください」でもないので、「ここで何ができるかな」を考えて、この企画にしました。僕は、2002年の維新派の「カンカラ」注1で、その後も野外音楽フェス「XXXX THE JAMBOREE」注2で、この島に来てます。島の方々とも懇意にしていただいているから、そういう意味で、僕が「ここで何ができるだろう」ということだと思っていました。
今回のチラシにも書きましたけど、基本僕らはよそ者ですから。よそ者が、こういう小さな島のコミュニティに入って、何かをやって帰ることって、どういうことなんだろうって。ただ知らないところにやってきて、好きなことやって帰るだけじゃ意味がない。ここでやる意味がないと、「ここでやること」にはならないと思う。やる側にとって、「いつもと違う場所でこういうことをやるよ」というのではなくて、島に住んでいらっしゃる方がいるわけだから、その方々も全部含めて、一緒に考えないと意味がないと思うわけです。やっぱりここの島に住んでいる人たちと、交流を持たなきゃいけないと思うし、そこで一緒にできることが何かあれば、面白いなって思う。だから今回のプログラムを考えた。僕、基本的に欲張りなんで(笑)。やりたいことがいっぱいあるから、できるだけ盛り込もうと思って、できるだけ盛り込んじゃったわけです。
――CDジャーナルのwebマガジンのインタビュー(大石 始 presents THE NEW GUIDE TO JAPANESE TRADITIONAL MUSIC 第25回)で、「一番最初は島全体を使ってインスタレーションをやろうと思った」と仰っていましたね。
内橋:
そうそうそうそう!犬島でできることはなんだろうって、色々考えた。ここを訪れた人が、帰るまでに何を持って帰るかな、ずっと住んでいる方もそれをどういうふうに共有できるかなっていうことね。それで最初、島全体を使ったサウンドインスタレーションが思い浮かんだんですよ。ベネッセアートサイト直島では、犬島「家プロジェクト」を展開されているので、例えばそれらのサウンドアート版みたいな、単純に音楽というものじゃなくて、音に関するいろんな展示を島じゅうで展開する――みたいなことも考えたんですが、いろんな意味で挫折しました(笑)。それで、やっぱりライブハウスだなって、僕は思ったわけです。いわゆるライブハウスを犬島に持って来るという意味合いではなくて、拠点としてのライブハウス。ここをベースにして、この2週間の間ずっと発信し続けていくことにしたんです。もちろんテンポラリーだけど、2週間だけでもやってみたいなって。
――先ほど、ご自身を「よそ者」と仰った、その言葉に地域の方々への敬意を感じました。やはり維新派の公演を通して、気づいたことなのでしょうか。
内橋:
僕らが、ガーッとあんな人数で入ってきて、あんなデカいもん建てて、毎日公演やって、どんちゃん騒ぎやって、それは島の人にとったら、「これ、いいのかな」っていうのはやっぱりある。亡くなった松本さん(劇団維新派を主宰した故・松本雄吉さん)もずーっと、「島の人と仲良くやんなきゃいけないよね」って話していましたよ。公演を開催する以上、その場所で僕らもある一定期間生活するわけだから。そういう意味で、僕ら自身も、住人のつもりで生活しないといけないと思う。観光客のつもりでは来ていないです。1日だけ遊びにくるときは観光客でいいけど。やっぱり滞在だから。別に仲良くなることが目的ではないんだけどね。
――「犬島サウンドプロジェクト」とあるように、サウンド、つまり、音・音響に関する企画と理解しています。期間中はライブ演奏をされるのに、ミュージック(音楽)プロジェクトとしなかったのは何か理由がありますか。
内橋:
音という言い方をしているのは、音楽に限定したくないからってことです。音楽と言ってしまうと、ある程度が音によってつくられたものっていう感じのものになる。音は、もっとプリミティブというか、原始的なもので、素材だから。例えば、いつでも音はする。音は聞こえるわけですよ。例えば、何か変な音がピーンと鳴ったときに、「あれ何だろう?」って思いますよね。それは音楽とは言わないけど、大きく言えば、音楽の一部。それを音楽って言っちゃうと駄目で。音を整理して並べたものが音楽でしょう。だからその前に、音自身があるわけで、僕らも音楽をやる上で、とても大事にしてること。音楽をやる前に、自分が出す音というものを厳選しないといけない。どんな音でもいいってわけではない。聞いたことのない音を出してみたりとか。その素材自体がちゃんと面白い物でない限り、出てくるものも多分面白くない。
――2週間、犬島で生活するということは、出てくる音にもすごく影響する大切なことになりそうですね。
内橋:
それも大事なことだと思っているんですよ。僕らが外から来て住んでいると、毎日ここにいて、どんどん変わっていくことも沢山あるだろうし。それはお客さんも同じ。お客さんの滞在は1日、2日かもしれないけれど、その人たちに刺激みたいな何かを与えることができたら、もっといろんなことが起こりうると思う。だから、「何が起こるか」ってことですよ。僕らも何が起こるかなんて分からない。僕らに、来てくれた人に、島の人に、何がここで起こるのか――。僕は具体的には分からない。何を起こしたいということでもない。何が起こるか見たいというのが、正直な意見ですね。「起こしたい!!」とか大それたことは考えていないですね。それは傲慢だから。みんな何を持って帰るかな、島の人がどう思ってくれるかな、ってことに興味があります。人が喜ぶことをやりますとか、そういうことじゃない。あくまで、どういうものがそこで生まれるのか、起こるのかということを、僕はすごい期待している。わくわくするところですね。
――みんなが目撃者ということでしょうか。内橋さんたちも、来島される方も、島民のみなさんも。
内橋:
そうだね。ライブハウスにはゲスト出演者たちも登場するから、みんなが作品に参加している、みんなでつくるっていう。
――今回来られる方もジャンルも表現も様々ですね。
内橋:
確かにね。基本的には「来ない?」とお誘いして、メールで返事くれた人たち。みんな「面白そうだから行きます」って言ってくれた人が大半だった。ありがたいよね。「来てよ」と声を掛けても、なかなか遠いですし、お金もかかるしね。大変じゃないですか。呼びたい人は山ほどいるんですけど...。
――ライブハウスは、維新派の劇場やテント設営をされている方が担当されたと聞いています。
内橋:
そうです。僕が頼んでつくってもらいました。ここに一緒に下見に来て。基本はサーカス小屋のイメージなんですよ。丸いのとか、曲線が好きなんです。
――タイトルの「Inuto Imago」は、内橋さんが命名されたのでしょうか?
内橋:
うちの奥さん(華英 Kaé)がつけました。いつも奥さんに頼むんです。そしてすぐ考えるんです。Imagoは、ラテン語で、
チラシを見て、犬島を、「いぬとう」って読む人がいてね、変な誤解が生じていて面白いなーって思ったり。あ、なるほどなーって。そうやって、人は何かしらいろんな解釈をする。それが面白いんじゃないかって。同じこと考えたってしょうがないわけで。みんないろんなイメージをするわけです。イメージって今、すごい大切なことだと思うんです。イマジネーションがないと何も吸収できない。何でもそうだけど、物を見聞きするとき、そこに、その人のイマジネーションがないと、何も得られないんですよ。今、そういう部分がすごく欠けてる...減ってきていると思う。なんとかイマジネーションを呼び起こさないといけないなとは、ずっと思っているんです。自分のイメージをちゃんと持つということをね。何かに出合ったとき、どう自分が感じるのか、そこから何を想像するのかということ。それが一番大事なことであり、その人にしか分からないこと。他の人と共有できなくてもいい。でもそれを持てないと、やっぱり何も楽しめない。
――「自分のイメージをちゃんと持たないと楽しめない」というのは、その人自身のことなのか、他者とのイメージの違いのことなのか、どのあたりですか?
内橋:
違いを楽しむというより、「
――「貪欲になる」ということもあって、内橋さんはアジアに行かれたのでしょうか。
内橋:
アジアには、この10年ぐらい、自分の時間のあるときに行ったり来たりしています。結局、ヨーロッパやアメリカはもう、ずーっと昔から追っかけていたし、知ってるわけで。それが飽きたということではないよ。素晴らしい音楽家もアーティストもいっぱいいる。勉強になることもあるし、感動することもいっぱいある。でもその感じは、自分の魂とか身体が「そうだ!」「そうだね!」ではなくて、「すごいな......。こんなこと考えてすごいな」と感じるところがちょっとあって。アジアの人は、頭よりも、(胸を指して)ここでやってる。
――心ですか?
内橋:
だからね、俺、最初に彼らの音楽聞いたときに、「やっぱりそうだな」と自分でも納得した。(頭を指して)ここに来ないんですよ。だから音楽か何かも分からないわけです。「これは何なのかな」と思いながらも、とてもダイレクトに、心を直撃する。割と音楽って、理詰めで、頭で考えちゃうことが多くて。そうではない、「直接心に訴えかける、これ、一体何なんだろう」って。音楽を媒体にして、表現を通して何か違うことをやっているのかなって、ちょっと感じたのね。そして自分にも何か残ってるって分かった。自分が大事にしているのもそこだなって。これがないと音楽を続けていく、やっていくモチベーションがもう持てなかった。
インドネシアの人は、みんな伝統音楽がすごく好きだから、ちゃんと影響を受けてるわけよ。俺はすごい伝統を感じたよ。あの人たちの表現に伝統を感じたよ。伝統というか......、伝統音楽をやっているわけではないけれども、伝統のもととなる衝動のようなものを。ただそれをそのまま表現に出さないけど、リスペクトしているし。そこがやっぱり圧倒的に日本と違うなって。若い人たちは普段聴かないし、日本の伝統音楽を昔あったものとか古典と思っている。でも、インドネシアでは、まだ古典ではなくて、ちゃんと生きてる音楽。力強いかたちでまだ残っている。それは自分のベースにあり、その上でコンテンポラリーな表現を追究する。だから面白いのが、例えば、インドネシアではデスメタルが何十年も流行っていて、そのメタルバンドやりながら、別のバンドで伝統音楽をやってる人もいっぱいいる。日本でそういう状況はあんまりない。それしかやらないから。日本の場合はカタになっているから、一つの形態、形式としてやっている。もちろんそれはあるんだけれども、でも、向こうの人たちは。それがもっとゆるいと思う。スタイルをガチガチにしていないっていう、もっとルーズなものだと思うな。
彼らに出会って思ったのは、みんな自分のやってることにブレていない。すごくストレートだし、自分がこう表現したいことを本当にやる。だから何も邪魔するものがないわけよ。自分の想いに従って、すぐそれをやってしまう。すごく正直なわけ。日本は結構嘘つくことが習慣になってるから。それは世の中で生きていくために、嘘つきにならないと生きていけない。テキトーなこと言ってないと生きていけない。テキトーに話を合わせないと仕事が来ない。でも、その分、日本は経済が発展したわけだけし。でも、あの人たちは本当に正直。そのまま受け取れるし、言ったことそのまま信用して全部大丈夫。もちろん悪人もいるけどね。僕はすごく楽だったわけよ。こんな楽にコミュニケ--ションが取れるんだ!!って。僕も言いたいこと言うタイプだから、日本にいるとしんどいんだけど、でもあの人たちといると、楽だったんだよね。
(※後篇へ続く)
【注釈】
注1:2002年7月19日~21日、26日~28日にかけて犬島にて行われた、劇団維新派の公演。
注2:地元岡山の若者が主催する、瀬戸内のキャンプ型野外音楽祭。
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