豊島八百万ラボ スプツニ子!アーティストトーク――作品が豊島に残したもの
豊島八百万ラボはアーティスト・スプツニ子!さんが構想した、先端科学とアートとのコラボレーションにより、新たな神話を生み出そうとするアート施設です。豊島八百万ラボでの最初の作品「運命の赤い糸をつむぐ蚕‐たまきの恋」は2016年3月の公開から約4年間に渡り展示されてきましたが、2020年2月11日(火)をもって公開を終了しました。
同日、豊島の甲生集会所にて、スプツニ子!さんと作品のキュレーションを務めた長谷川祐子さんを迎えたトークイベントが行われました。今回の記事では、当日のイベントの模様をお伝えします。
「恋の物語をモチーフに、自然と神話の関係性を考えた作品」
トークイベントに先駆け、スプツニ子!さんと甲生地区の住民との懇談会が開かれました。豊島八百万ラボを温かく見守ってきた甲生の方々に、スプツニ子!さんは「お久しぶりです。今日はみなさんの懐かしい顔を見ることができて嬉しいです。豊島八百万ラボができる前から皆さんには本当にいろんな協力をいただいたので、改めて感謝をしたいと思います」と語り、豊島八百万ラボの絵馬にサインを書いて一人ひとりに手渡しました。甲生の方々は、アーティストとの久しぶりの再会に顔をほころばせながら、「元気そうやなあ」「テレビでよく見てるで~」と口々に声をかけていました。
トークイベントでは、長谷川祐子さんと共に作品公開からのこの4年間を振り返りました。これまで一貫してテクノロジーとサイエンスにまつわるアートを制作してきたスプツニ子!さんは、「私はある種、バイオロジーや自然に対して喧嘩を売っているようなタイプのアーティストなので、福武さん(ベネッセアートサイト直島代表)から最初にお話をいただいた時には、正直『本当に私の作品で大丈夫?』って思いました」と制作前の気持ちを明かしました。そして、「自然と喧嘩」するアーティストの自分が、美しい自然と調和している豊島で一体どんな作品ができるのかと考えていく中で、古くから豊島に伝わる神話に着想を得たと語ります。
「豊島でいろいろリサーチしている時に、この島ならではの恋の物語――豊玉姫と山幸彦の神話に出合って。その恋の物語をモチーフに、私なりに自然と神話の関係性を考えてみたいなと思って作り始めたのがこの作品『運命の赤い糸をつむぐ蚕 - たまきの恋』でした」(スプツニ子!さん)
「豊島八百万ラボでの展示が終わっても、映像は永遠に残る」
制作が終わった後には燃え尽き症候群になってしまうほど、豊島八百万ラボの構想と映像作品に全身全霊で取り組んだと話すスプツニ子!さん。そんな豊島での挑戦はご自身にとっても価値のあるものだったと振り返ります。
「自分の挑戦にみなさんから応援、協力していただいたことがすごく嬉しかったですし、映像での豊島のみなさんの走りっぷりも素晴らしかったですね(笑)。豊島八百万ラボでの展示が終わっても、映像には永遠に残るので、本当に自分にとって価値がある挑戦だったなと思っています」(スプツニ子!さん)
長谷川さんも、映像を見たり、場所を訪れたりして考えたことはずっと残ると述べた上で、この作品について以下のように語りました。
「単なるドキュメンタリーではなく、映像の中で活躍する島民のみなさんの姿が物語の中の一部になっているところが良いと思います。物語になった途端、みなさんに語り継がれ永遠に生きることができるんです。もともと、スプツニ子!さんは未来系で都会的な人ですが、豊島に来て作品をつくる上では、まず島で暮らしている皆さんに分かる物語にすることが大事だという話をしました。映像はとてもSF的なお話ですが、豊島で語り継がれてきた神話をモチーフにすることで大変魅力的なストーリーになっていると思います。それが上手く豊島八百万ラボという場所にランディングして、お参りすることでいろいろなご利益が生まれて来る、未来の神社みたいなものに繋がっていくという意味で、機能したんじゃないかなと思います」(長谷川さん)
「豊島の物語をアーティストが現代化したプロジェクト」
スプツニ子!さんは作品の制作後、「運命の赤い糸をつむぐ蚕 - たまきの恋 」を豊島八百万ラボだけでなく、Oslo Architecture Triennale(ノルウェー)やMarta Herford Museum(ドイツ)で展示したほか、自身が登壇したTEDトークなどでもプレゼンしてきたと言います。そして、「作品の展示は今日で一区切りですけど、豊島八百万ラボの建物自体は続いていきます。豊島八百万ラボはもともと、自然とテクノロジーと神話性、スピリチュアリティ(霊性)の融合の場として考えていました。そのコンセプトを元に今後、中身となる作品がどんどんチェンジしていくと思います。私はこれだけテクノロジーオタクなのに、信じることや願うことが好きなんですよ。信じたり願ったりすると、気持ちがまず上がりますよね。それは自分で自分の背中を押すっていう行為だから、何か願い事をする場という要素がこれからもあると素敵だなと思います」と豊島八百万ラボの今後の展開への期待を語りました。
長谷川さんは、「それぞれの場所にいろんな神話がありますが、豊島の物語をこんなエイリアンみたいなアーティストがやって来て(笑)、バーンと面白い話に変えてくれる、現代化してくれるというのが面白いですね。そして、そのアーティストがまるでかぐや姫のようにサヨナラと言って去っていく、このプロジェクト自体が神話になるみたいな、この豊島という場所の未来と過去をつなげてくれたスプツニ子!さんの物語は、ベネッセアートサイト直島の中でもとてもチャーミングな存在だと思います」と言い、海外の方にも参考にしてほしいプロジェクトだと述べました。
トークは、スプツニ子!さんが2010年に発表した映像作品「生理マシーン、タカシの場合。」から、自身がCEOを務めるベンチャー企業で取り組んでいる卵子凍結プロジェクトの紹介など、アーティストとしての過去と未来の話にまで及びました。その後、参加者からの質疑応答を挟み、終始明るく賑やかな雰囲気のまま幕を閉じました。
作品の展示終了に伴い、豊島八百万ラボはしばらくの間、休館となりますが、近い将来また新たな作品と共に、物語のつづきを豊島に繰り広げていってくれることでしょう。これからの豊島八百万ラボの展開にぜひご注目ください。
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