自分だけではわからなかった仕掛けやおもしろさに気付く
「豊島・犬島鑑賞ツアー」体験レポート

朝9時、直島の宮浦港。これから仕事が始まる人、観光に胸躍らせる人、さまざまな人が行き交うこの朝の港から、私のアート旅が始まります。

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直島・宮浦港の朝の風景

宮浦港から小型船で向かったのは、豊島の家浦港。豊島・犬島鑑賞ツアーではじめに訪れた施設は、豊島横尾館です。最初に目に飛び込んでくるのは、真っ赤なガラス越しに見える庭。そのインパクトに圧倒されていると、ツアーガイドから「この見え方をよく覚えておいてくださいね」と声掛けが。そこから順路を進んで庭に出ると、入口ではモノクロームのように見えていた庭が鮮やかな色彩をともなって目の前に広がっていました。確かにこの庭は、赤いガラスを通して見る景色と比較することでよりいっそう鮮烈な印象を残すように思えます。

さらにほかの絵画やインスタレーションについても、ツアーガイドからの説明を聞きながら見て回ります。それによって自分だけではわからなかった仕掛けやおもしろさに気付くことができ、アートの楽しみ方が少しわかったような気がしました。

豊島横尾館
豊島横尾館(写真:山本糾)

続いては心臓音のアーカイブと豊島美術館。心臓音のアーカイブが「動」なら、豊島美術館は「静」。対照的ともいえるこの2作品は、館内にツアーガイドが同行せず、参加者だけで鑑賞しました。ただ「見る」だけではなく、自分の感情に目を向けたり想像を膨らませたりしながら自分なりに鑑賞し、施設を出たらツアー参加者やツアーガイドとその感想を共有。この時間が、作品の印象をよりくっきりと際立たせてくれます。

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豊島美術館のアートスペースに向かう遊歩道でガイドの説明を聞くツアー参加者の皆さん

豊島美術館ではチケットセンターからメインのアートスペースへ行くまで、敷地内を大きく迂回する遊歩道を通ります。遊歩道を進みながら秋のひんやりとした風を感じ、刈り取りの終わった棚田の景色を眺めていると、ここはまさに島の自然と暮らし、そしてアートが共存する場所なのだと感じます。

歩きながらツアーガイドが教えてくれたのは、アーティストの人となりや作品制作のスタイル。こうした生の情報を得ることで、これまでどこか別世界の遠い存在だったアートやアーティストが、急に身近で親しみやすく感じられるから不思議です。

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犬島精錬所美術館へと向かうツアー参加者の皆さん

午後は犬島へ。1900年代初頭に銅の製錬で栄えたこの島には当時数千人が暮らしていたそうですが、今では30人ほどになっています。製錬所は、日本が近代化へ向かう大きなエネルギーが日々生まれていた現場。そこは現在、犬島精練所美術館に生まれ変わっています。美術館の内部に広がるのは、小説家・三島由紀夫の世界。強く豊かな日本を夢見る人々の想念が染みついたような製錬所跡で対峙する三島の言葉は、現代に暮らす私たちに強烈なメッセージを投げかけています。

精錬所美術館
犬島精錬所美術館 柳幸典「ヒーロー乾電池/イカロス・タワー」(写真:阿野太一)

犬島精練所美術館から外に出ると、心地いい海風と澄んだ青空が迎えてくれました。どんな気持ちのときでも、いつも青い海と空が心を落ち着かせてくれる。それも瀬戸内の島の魅力です。そんな島の空気を感じながら、続いては島内を散策。犬島「家プロジェクト」の作品を見て回ります。

集落の細い道を歩きながら、島に住む人々の暮らしや、これらのアートが島の人たちにどう受け入れられているかをツアーガイドが教えてくれました。製錬所の時代から100年の間に人口が100分の1にまで減少した犬島。アートという新しい命を吹き込まれ、これからの100年で思いもかけない変化を遂げていくのではないでしょうか。

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淺井裕介 「太古の声を聴くように、昨日の声を聴く」に描かれた絵の説明をするツアーガイド

その後、小型船で直島へ戻ると、ちょうど夕日が海に沈む頃でした。きれいな夕焼けとともに、私のアート旅は終了です。ツアーガイドが教えてくれた、アーティストの人となりや作品制作の裏側、そして肌で感じる島の空気感。ガイドブックには載っていないたくさんの情報や体験が、アートの印象をよりくっきりと鮮明に、私の心に刻んでくれました。

晴野ねこはれのねこ


編集・ライター。岡山県出身。2007年から香川暮らしを始め、香川の新しいものやおいしいもの、楽しいことを追いかけ続けて今に至る。でも実際のところ興味があるのは、新しいものやおいしいものより、その裏にいる"人"。おもしろい人との出会いが仕事の活力。

ベネッセアートサイト直島の鑑賞ツアーについては「ツアーに参加する」ページをご覧ください。

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