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クリスチャン・ボルタンスキー氏追悼メッセージ:
福武 總一郎

心臓音のアーカイブ
クリスチャン・ボルタンスキー「心臓音のアーカイブ」(写真:久家靖秀)

クリスチャン・ボルタンスキーの訃報を聞いたのは、彼が急逝した7月14日の夜のことだ。次回の越後妻有「大地の芸術祭」でも、新しい作品が公開されると聞いていたし、ベネッセアートサイト直島の活動においても、犬島での新しい作品の構想を熱心に提案してくれていた最中だったので、まさか、と耳を疑った。

最初に、彼と彼の作品に触れたのは、「大地の芸術祭」であった。「大地の芸術祭」では、彼は私が総合プロデューサーを務める2006年より前から、精力的に作品を公開して注目されていたが、2006年に松之山地区の旧東川小学校の中で、「最後の教室」という作品の構想を聞いて、私はたちまちそのテーマの普遍性と表現の大胆さに惚れ込み、すぐに作品のスポンサーを申し出た。冬は数か月にわたって雪に閉ざされる小学校の校舎の中に、その場所に受け継がれる人々の記憶の重層を見事に表現した作品だった。内覧会に参加した住民が、地域や学校にまつわるモノを持ち寄ってこられたのも、その作品の磁力によるものだと感じた。その後、「最後の教室」は複数回にわたって、「大地の芸術祭」になくてはならない「場の記憶」を継承していく作品として受け継がれ、2009年には心臓音を採取するプロジェクトもスタートする。2010年には、ニューヨークのアーモリー・ショーで、巨大な空間に衣服をクレーンで積み上げていく作品を観たときに、偶然彼と出会って、再会を喜んだことも忘れられない。

そして、そうした彼の「場」のとらえ方は、瀬戸内の豊島の作品に受け継がれていく。2010年の最初の瀬戸内国際芸術祭を機に、私は、彼の提案を受けて、ベネッセアートサイト直島の作品として、豊島に「心臓音のアーカイブ」をつくることを決意した。豊島では、「生と死」というコンセプトで、豊島美術館をはじめとする施設を展開していたが、彼は、生の象徴であり、ある人にはそれが止まることに意識を向けさせるものとして、心臓音というモチーフで、人の存在を表現した。同時に、一人ひとりまったく異なる心臓音に人の固有性を託した。そして、それが、豊島の美しい海のそばにひっそりと佇む小さなアートサイトにアーカイブされていくことで、人の記憶がそこに蓄積され続けていくことを見事に表現することに成功している。

その後、2016年には、同じ豊島の檀山の森の中に、「ささやきの森」という作品を作った。「心臓音のアーカイブ」が力強い心臓の鼓動で人の生死を表現しているのに対し、「ささやきの森」は人々に記憶にとって大切な人の名前が400本もの風鈴の短冊に記され、今も軽やかに風になびいている。

「心臓音のアーカイブ」が豊島の八幡神社の境内地という、島民の精神的な拠り所となる場に位置するのと同じように、「ささやきの森」は檀山の豊かな森の中という、島民にとってかけがえのない場所が選択された。「心臓音のアーカイブ」の開館のときは、300人の島民が心臓音の登録に集まってくれ、「ささやきの森」の登録会でも、100人もの島民が短冊に大切な人の名を記してくれた。彼は、そうした島民にとって大切な場所に、人々の記憶が蓄積され、受け継がれていくことを作品によって表現している。彼はその記憶のことを、フランス語で「エスプリ」と呼んでいた。

私は、豊島での作品の制作を通して、直島で何度も彼と食事を共にしたが、本当にユーモア溢れる楽しい人だった。彼は、瀬戸内海が本当に好きな人であったし、島民にも愛されていた。私は、彼の作品に触れるたびに、彼自身の「エスプリ」が自分の中に想起されることを今も感じ続けている。

福武 總一郎ふくたけ そういちろう


公益財団法人 福武財団 理事長
株式会社ベネッセホールディングス 名誉顧問

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