直島の歴史や日常を暖簾に映し出す
「のれんプロジェクト」

直島・本村地区の歴史ある集落の中で展開するアートプロジェクト「家プロジェクト」。その多様な作品とともに、来島者の方の印象に残るのが、本村地区の家々の軒下に見られる、特徴的なモチーフを豊かな色彩で染色した暖簾のれんではないでしょうか。これらの暖簾は、2001年に開催された「直島スタンダード展」の展示の一つ「のれんプロジェクト」で掛け始めた染織家・加納容子さんの作品です。当初は期間限定の展示の予定でしたが、展示会の会期終了後、直島島民の方々の声により展示が拡大、継続されることとなり、今日まで続いています。

加納さん制作の暖簾がなぜ人々の心をとらえ、この「のれんプロジェクト」が直島島民の方々によって継続されることになったのか。今回のブログでは、その作品の魅力をご紹介します。

島民一人ひとりの生活、思いに寄り添う

「のれんプロジェクト」

特徴的なモチーフが描かれる加納さん制作の暖簾、そのイメージはどこから生まれるのでしょうか? それは、暖簾をかける家の歴史や、住人の思いです。

加納さんはその場所に自ら足を運び、住人との対話から、そのモチーフや色彩、はたまたその素材をも変えながら暖簾を制作していきます。例えば青と褐色のコントラストが美しい暖簾のかかっているIさんのお宅。この家屋は石場町が埋め立てられた場所に建っており、ちょうど陸と海の境となる場所にあったそうです。その土地の歴史を知った加納さんは、Iさんのお宅のために海を象徴する青と、陸を象徴する褐色がせめぎ合う様子を暖簾にデザインしました。

また、暖簾の中には、洗練されたデザインの背景にかわいらしいエピソードが隠されているものも。Tさんのお宅の前には、趣味で集めているカエルの置物がたくさん置かれています。加納さんはそのカエルの目にフォーカスし、目をモチーフにした暖簾を制作しました。暖簾は西日に当たる場所に掲揚されているため年月が経つ間に色あせてきていますが、この暖簾に愛着を持つTさんは「この色あせた感じが良い」と同じ暖簾を使い続けています。

「のれんプロジェクト」

一方、海沿いに建つKさんのお宅では、家屋の立地や環境に配慮がなされました。加納さんがKさんのお宅を訪れた際、海風がかなり強く当たる場所であることに気づき、即座に「ここは風が強いからしっかりした布地にしましょう」と、それまでよく使用していた麻布ではなく、木綿布での暖簾の制作がなされました。空き缶で作ったアート作品を展示販売しているこのお宅のモチーフはもちろん「空き缶」。お店の名前も印字され、海風に煽られながらもお店に訪れる人々を出迎えています。

「のれんプロジェクト」

島の人々と作家の交流により紡がれた20年

2001年の企画展を機にスタートした「のれんプロジェクト」は島民の手に受け継がれ、加納さんとの交流を重ねながら、20年にも渡り継続されています。当初、14軒だった「のれんプロジェクト」の参加者も現在は50軒以上を超え、直島の文化の一つとして定着しました。島の人々と作家との交流により制作されたこれらの暖簾は、来島者と島民との交流を生み、島に新たなエピソードや、繋がりを作り出しています。

本村地区でのアート鑑賞の際には、ぜひ暖簾を見ながら、その背景にある歴史や人々の生活に思いを馳せたり、語り合ったりしてみてはいかがでしょうか。

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