犬島から牡鹿半島、東京へ――
日本各地を旅する名和晃平の「新しい生のかたち」
1980年代から活動するベネッセアートサイト直島の記録をブログで紹介する「アーカイブより」。今回は、犬島「家プロジェクト」F邸で公開されている名和晃平氏の作品「Biota (Fauna/Flora)」(2013年)と、本作品から発展し、各地で展示されている名和氏の作品との関係を紹介します。

犬島「家プロジェクト」は岡山県犬島の集落で展開するプロジェクトです。アーティスティックディレクターに長谷川祐子氏、建築家に妹島和世氏を迎え、5つのギャラリーと「石職人の家跡」を中心に、様々なアーティストの作品を公開しています。長谷川氏は島の風景を見ながら点在する作品を巡る体験を「桃源郷」をテーマにした一連の物語になぞらえており、「日常のなかの美しい風景や作品の向こうに広がる身近な自然を感じられるように」との願いを込めています。

最初のギャラリー「F邸」には名和氏による作品「Biota (Fauna/Flora)」が展示されており、一連の物語のなかで「ビッグバン―生命の誕生」と位置づけられています。作品名に含まれる「Biota(生物相)」とは特定の地域に生息する生物すべてをまとめた概念で、「Fauna(動物相)」と「Flora(植物相)」が含まれるものと言えます。名和氏は動物や植物を想い起こさせる様々な形のオブジェや、多様な物質の表面からなる彫刻など、複数の作品を「F邸」とその坪庭を含む建物全体にダイナミックに展示しています。犬島という場所を背景に、新しい生のかたちを表現しました。

本作品が公開された2013年、名和氏は犬島での作品制作が自身に与えた影響について次のように語っています。
「作品を作ったことで、僕自身のなかでもいろんな物が繋がって、次にやるべきことが見えてきたと思っています」(2013年8月21日 犬島アーティストトーク)
その後、名和氏が語った通り、「Biota (Fauna/Flora)」から発展した作品が各地で展開されています。

宮城県石巻市の牡鹿半島・萩浜に展示されている作品「White Deer (Oshika)」は、2017年、「Reborn-Art Festival」で公開されました。犬島の作品にも見られる鹿がモチーフになっています。鹿は古来「神鹿(しんろく)」と呼ばれるように神の使者と考えられていました。しかし近年、日本では鹿が増え続けており、人里に時々表れる鹿は「迷い鹿」と呼ばれています。名和氏は犬島での作品制作を機に誕生した鹿が、「迷い鹿」として東京を彷徨い、その後、牡鹿半島に辿り着くというストーリーを描きました。東日本大震災からの復興を願う象徴として恒久設置されている鹿は、遠くの空を見上げ、旅の出発点である犬島の方を向いています。

2021年4月には東京都中央区のGINZA SIXで「Metamorphosis Garden(変容の庭)」が公開されました。本作は犬島の作品を土台としており、不定形の島々や雫、そこに立ち上がる生命の象徴としての「Ether」と「Trans-Deer」といった彫刻群が吹き抜け空間に浮かびます。本作のためにベルギーの振付家/ダンサー、ダミアン・ジャレ氏※との共作によるARのパフォーマンスも制作されました。実在の彫刻作品にスマートフォンのアプリケーションをかざすと、彫刻とARのイメージが重なり変容する様子を観ることができます。新型コロナウイルスの感染拡大により、何をつくるべきかを改めて考えたという名和氏は、犬島の作品のテーマである「新しい生のかたち」を発展させ、人間中心ではない、あらゆる生命や物質がたえず変容し共存する世界を表現しました。
※2016年、犬島を舞台に開催された「犬島パフォーミングアーツプログラム」にて、名和晃平氏とダミアン・ジャレ氏との共作による「VESSEL」が上演されました。

犬島から始まり、各地で展開される名和氏の作品。現在は、コロナ禍の影響により各地への移動も制限され、作品を巡ることもままなりませんが、皆様には鹿が辿った旅に思いを馳せていただき、いつか犬島にも来島・再訪いただけることを願っています。
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