変化し続ける襖絵――千住博「石橋」

1980年代から活動するベネッセアートサイト直島の記録をブログで紹介する「アーカイブより」。今回は、直島の家プロジェクトの中から千住博氏による「石橋」"空の庭"(2009年)について紹介します。

「石橋」
「石橋」"空の庭" 写真:渡邉修

「石橋」は直島・本村地区にある明治時代に製塩業で栄えていた石橋家の家屋を使ったアート施設です。この家屋は、2001年4月まで個人宅として使われていました。製塩業が盛んだった頃の直島の歴史の記憶を喚起する場として、2006年に開かれた「直島スタンダード2」展を機に、日本画家・千住博氏によって手掛けられました。千住氏は着想から5年の歳月を費やし、「場の持つ記憶」を空間ごと作品化しています。直島の歴史や文化を捉えるという観点から、家そのものの修復にも重点が置かれました。

現在、母屋の襖に描かれているのは、2009年に新たに公開された千住氏による"崖"シリーズ第一弾の作品群です。


"空の庭"襖絵 写真:渡邉修

千住氏は制作にあたって、瀬戸内という場を海、陸、空から隈なく取材、スケッチしています。その風景に触発され、自身が手掛けてきた主な画題 "滝"に次ぐ新たな画題として"崖"を選びました。襖絵や床脇の天袋、掛け軸、庭も含めて「空の庭」と名付けています。

"崖"が公開されてから約11年半が経ちました。現在の"崖"は、公開当時とは少し異なる姿を私たちに見せています。
下の写真(左)は現在の"崖"の姿を捉えたものです。2009年に撮影された公開当時の写真(右)と見比べると、色味の違いがよく分かります。なぜこのように変化しているのでしょうか?

襖絵 (左)(右)
"空の庭"襖絵 (左)2021年撮影、(右)2009年撮影

その答えは使われている顔料にあります。日本画の顔料には岩絵の具がよく使われますが、"崖"の背景はあえて銀泥を使って描かれています。そのため、銀が時間の経過とともに黒く変色しているのです。一般的にアート作品が変色することは作品の劣化として捉えられ、あまり好ましくありません。しかし千住氏は、銀が変色していく様子を見せ続けることで、「時間の経過」を表現しようとしました。

少しずつ変化を続けている"崖"。一度訪れたことがある方も、再び訪れることでまた異なる姿を見ることができます。作品の変化を目の当たりにしながら、家屋が持つ約150年の歴史、そして常に流れ続けていく時間に思いを馳せていただければと思います。

千住氏より11年余りを経た作品の変化についてコメントをいただきましたので、最後にご紹介いたします。

千住氏
「日本発の現代美術とはどういうものかということを福武總一郎さん、担当の加藤淳さん
達とディスカッションを重ねてたどり着いたのがこの崖の作品でした。
全ては不変、これが西洋的モダニズムです。
経年変化は想定しない、作品自体は変わらないということが西洋の現代美術の基本軸です。
しかし、日本の美意識は全ては移り変わるということ、つまり無常観をその根本に据えています。
茶道も一回限り、花も瞬時に移り変わる一期一会に美を見出します。
そこで私は作品に銀を用いることにしました。
銀は明るい白色からどんどん酸化し黒変していきます。
ですから、まるで夜明けから昼を過ぎて夜に至るようにこの作品は変化します。
数十年後には、この作品は漆黒の闇の風景画になるでしょう。

私たちも変わる。
作品も変わる。
今年見た体験と、来年の体験は決して同じではありません。
しかし、その無常観の実験装置に作者として対面し、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれないという思いも湧いてきました。
変わらない作品にすればよかったのかもしれない。
しかし、この心の逡巡こそが、鴨長明の看破した無常観の正体と理解するに至り、まさに私自身が、ここから日本文化のコンセプトを学んだ気がしています。

崖は和紙を揉んで表情を作りました。
日本文化は、その風土が生んだ和紙が大きく関わります。
和紙は揉まれた時、強くその存在感を出します。
崖の表情は揉んだ和紙でしかできないものです。
絵の具は天然の岩を砕き、加工した岩絵具です。
これは崖そのもののメタファーと言えるでしょう。
風景は太古の瀬戸内海を想像しました。
日本的とは、日本の風土のことです。
この作品において、主役は物体としてのモノではなく、まさに空に至る無常観自体です。
ここに、日本の風土に深く根ざしたオリジナルが成立したのではないかと思っています。」
「石橋」外観
「石橋」外観 写真:渡邉修

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