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寄稿「あの空気を吸いに行く」鈴木芳雄

直島に初めて行ったときのことを思い出してみる。杉本博司さんの護王神社が完成して、そのお披露目と神社への奉納能「屋島」を見に行ったときだ。2002年。かれこれ20年か。パーク棟もビーチ棟もなくて、モンゴルの遊牧民が使うモバイルハウス「パオ」に泊まった記憶がある。あれもいい体験だった。

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家プロジェクト「護王神社」 杉本博司"Appropriate Proportion"(写真:杉本博司)

それから何度行っただろうか。地中美術館が出来たから、犬島のアートプロジェクトが出来たから、豊島美術館が出来たから、瀬戸内国際芸術祭だからと、その都度通った。高松空港から高松港経由、あるいは、岡山から宇野港経由で。

脳科学者の茂木健一郎さんを誘って一緒に行ったこともあったし、YouTubeの創立メンバーの一人、スティーブ・チェンさんが日本に来たときも一緒に直島と犬島を旅したのもいい思い出だ。雑誌で「四国探検帖」という特集を作り、取材したこともある。

2010年、パーク棟に杉本さんが「光の棺」という作品をおさめ、レセプションに駆けつけなくてはと思った。その前日まで北京の故宮博物院で取材をしていたのだが、当日早朝、ホテルを出発して、北京から大連に飛び、そこで飛行機を乗り換えて、岡山空港に。空港から岡山駅までバス、岡山駅から宇野港まで電車、宇野港からフェリーで直島に駆けつけた。到着したときは18時半くらいになってしまった。周囲の人に「遅かったね」と言われ、答えた。「朝6時に出てきたんですけど。北京を」

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杉本博司"光の棺"(写真:杉本博司)
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杉本博司 "硝子の茶室「聞鳥庵」" ヴェルサイユ宮殿での展示風景、2018年
(c) Hiroshi Sugimoto. The work originally created for LE STANZE DEL VETRO, Venice.

行き方もいろいろだが、帰り方もいろいろだ。やはり杉本さんと滞在していたとき、帰途、美術館手配の貸し切り船に便乗させてもらい、高松港へ。そこから空港へはタクシーだろうと思いこんでいたら、出発し始めたバスを杉本さんが先頭になって追いかけ停まってもらい、慌てて乗り込んだ。また別のとき、内藤礼さんとは岡山まで同行させてもらったこともある。豊島美術館の「母型」が素晴らしい、好きですという話を繰り返すこちらに対し、彼女は少し引き気味だったかもしれない。

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豊島美術館 内藤礼 「母型」2010年(写真:森川昇)

それぞれの島でしか見られない美術作品を見に行くのがもちろん最大の目的だし、一番の喜びなのだけれど、それ以上に思うのは特別の空気を吸いたくていつも、直島はじめ各島に向かうのではないかということだ。行ったことのある人にはわかってもらえると思う。

高松の空港に降り立ったとき、あたりまえに羽田とは違う日差しや空気を感じる。高松港で海の香りの空気を吸って船に乗り込み、海や島々を渡ってくる潮風にあたる。島に着けば島の匂いがある。何度も通った直島の行き帰りのことまで鮮明に覚えているのは、そんな空気の変化を感じることが好きだからだろう。

そういうプロセスを経て、美術作品を見ることが特別なのは当然といえば当然のこと。ここにしかない、ここでしか経験できない鑑賞体験。でも、それだけじゃない。はるばる旅をして、いくつもの違った空気を通り抜けてこなければ得られない達成感がそこにあるのだ。

それはヴェネツィアの空港に降り立って、水上バスでビエンナーレの会場に向かうとき、ニューヨークのグランドセントラル駅からハドソン川沿いに列車でDia: Beaconに向かうとき、テキサスの小さな空港に降り立って、さぁ3時間のドライブだと身構えて広大な土地に展開されたドナルド・ジャッドの作品群を見に行くとき。そんな旅の高揚感に似ている。いや、そのどれもよりも大きいかもしれない。

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直島を始めとする島々がこの国にあって、自分が住んでいる土地と地面や橋でつながっていて、最後だけ船に乗らないといけないけれど。そうだ、あの島々に行こう、と東京で思ったら、半日後にはたどり着いていられる。そこにはたいていはもう何度も見たけれど、何度見てもまた会いに行きたくなる作品たちが待っている。

鈴木 芳雄すずき よしお


美術ジャーナリスト。雑誌ブルータス元・副編集長。明治学院大学・愛知県立芸術大学非常勤講師。共編著に『カルティエ、時の結晶』『村上隆のスーパーフラット・コレクション』『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。

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