寄稿「bene(よく)+ esse(生きる)を考える場所」神藤 秀人

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アートとは「一人称」だ。一方で、デザインとは、特定の「誰か」に向けたアウトプットが生まれる「二人称」。つまり、その「誰か」を持たず作者単独で生み出されるものが、アートである。サイズやテーマ、画材や制作費、制作時間が、たとえ同じ作品だとしても、作者が違うとその価値は大きく変わる。誰もが自由に感じ取り、思い思いに楽しむことができる――それが僕の思っていた「アート」だった。

2010年に始まった「瀬戸内国際芸術祭」は、僕が香川県を旅した2019年で4回目を迎えた。これまで来場者は、アートを巡り、島々を巡り、地域の人と交流し、島ならではの文化にも触れてきた。また、いくつかの島では、移住者も増え、地域貢献にも役立ち、世界中からも注目される芸術祭にもなった。しかし、その根元には、超有名アーティストの参加でもなく、希少価値の高い作品でもなく、「ベネッセアートサイト直島」という30年以上続く活動があったのだ。

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直島は、かつて瀬戸内海の海上交通の要でもあり、海運業や製塩業の島としても栄えたという。そんな島の南部一帯を「文化エリア」にしたいという夢を描いていた直島町長・三宅親連氏(故)。一方で、「ベネッセホールディングス(旧・福武書店)」の創業者・福武哲彦氏(故)は、世界中の子どもたちが集える場所を瀬戸内の島につくりたいという構想を描いていた。1985年、そんな2人が出会い、「ベネッセアートサイト直島」の歴史が始まった。1989年には、安藤忠雄氏の監修のもと「直島国際キャンプ場」がオープン。直島の美しさを多くの人に知ってもらうきっかけになったのだ。

1992年に完成した、「ベネッセハウス 直島コンテンポラリーアートミュージアム(現ベネッセハウス ミュージアム)」(安藤忠雄氏設計)。収蔵作家の作品が展示される客室。館内にあるレストランへは、ブルース・ナウマン氏 の『100 生きて死ね』を鑑賞しながら、螺旋スロープを下る。窓の外には、杉本博司氏の『タイム・エクスポーズド』が展示され、よく目を凝らすと、海に面した岸壁にも、作品の一部が展示されているのが見える。 アーティストが場所との関係性から制作する「サイトスペシフィック・ワーク」だ。また、宿泊者専用のモノレールが繋ぐ、小高い丘の上にあるのはわずか6室の宿泊棟「オーバル」(1995年完成)。屋上からは、創設以来「ベネッセアートサイト直島」が積み重ねてきた歴史が俯瞰して見えるようだった。

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島内の古い家屋を改修し、アーティストが空間そのものを作品化する「家プロジェクト」は、宮島達男氏による『角屋』や、ジェームズ・タレル氏による『南寺』など、豪華キャストが次々と参加。それらは、アート作品としての魅力はもちろんのこと、島の歴史や文化を掘り起こし、しっかりと根づいた文化施設になっていると感じた。「在るものを活かし、無いものを創る」というコンセプトは、岡山県犬島にも飛び火し、島内にある製錬所の遺構に「犬島精錬所美術館」(アート:柳幸典、建築:三分一博志)がつくられた。 植物などを利用した高度な水質浄化システムが導入され、「遺産・建築・アート・環境」による循環型社会を意識したプロジェクトだ。

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犬島精錬所美術館(写真:阿野太一)

「Benesse=よく生きる」――とは、「ベネッセグループ」のCIだ。彼らは、これまでの直島での活動の集大成として、「アートによって"Benesse=よく生きる"とは何かを考える場所」をつくった。海に面し、立体式塩田があった美しい岬で、クロード・モネ氏(故)の『睡蓮の池』を中心にした「地中美術館」(安藤忠雄氏設計)。建築家もアーティストも異なるが、「豊島美術館」(西沢立衛氏設計)も「"よく生きる"とは何かを考える場所」としてつくられたという。作品は、内藤礼氏。建物全体をインスタレーション作品とし、生命の誕生を表現しているように見える。

一連の「ベネッセアートサイト直島」の活動は、島の住民の意識を大きく変えた。宮浦港に2009年に生まれた、実際に銭湯として利用できるアート作品「直島銭湯『I♥湯』」(大竹伸朗氏作)は、現在直島町観光協会が運営している。さらに町の公衆トイレを、直島町が安藤忠雄氏に設計を依頼するなど、官民が垣根を越え、島を育んできた。ついに香川県と手を取り合い、2010年、「瀬戸内国際芸術祭」を開催。世界中から多くの旅行客がやって来た。

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大竹伸朗 直島銭湯「I♥湯」(2009)

「"Benesse=よく生きる"とは何かを考える場所」は、決して「一人称」でないだろう。島のため、島の人のため、島に来る人のために、必要な場所なのだ。はっきりとした目的があり、そこに向けて成長してきた「ベネッセアートサイト直島」は、世界中の全ての人に、生きることの素晴らしさを伝える活動である。そして、それは今の香川県の「らしさ」の根元でもあり、日本を代表する"デザイン"だと僕は思う。

神藤 秀人(しんどう ひでと)
d design travel 編集長/D&DEPARTMENT PROJECT
デザイン目線のトラベルガイド『d design travel』の編集・執筆・写真撮影など制作全般の他、渋谷ヒカリエ・d47 MUSEUMで開催する同書と連動した展覧会の構成も担当。毎号、特集する県を車で走り回り、展示物をピックアップする旅にも出る。2019年5~7月に香川県を巡り「香川号」を制作。 www.d-department.com

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