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Benesse Art Site Naoshima
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島の暮らしとともに

ベネッセアートサイト直島では、作品や施設が自然の豊かなエリアはもちろん、人々が生活する地域にも点在しており、一年を通して公開されています。島の方々のなかには作品・施設の運営に携わってくださる方もいれば、スタッフやお客様と日々交流されている方など、それぞれが日常のなかで作品や作品をめぐる人々と関わられています。

日常的に作品と関わる暮らしとはどのようなものなのでしょうか。今年90歳を迎える直島町民の田中春樹さんは、1990年代からベネッセアートサイト直島の活動に関わってくださっています。最近では宮浦ギャラリー六区で開催された《瀬戸内「百年観光」資料館》に田中さん自作のスクラップブックが展示されました。今回の記事では、約30年に渡るベネッセアートサイト直島でのエピソードについて田中さんに振り返っていただきました。

田中春樹さん
田中春樹さん

家プロジェクトをめぐって

直島生まれ、直島育ちの田中さんは、三菱マテリアル 直島製錬所を定年退職した後、別の直島町民の方から頼まれたことがきっかけで、ベネッセハウスで働き始めました。

「ベネッセハウスがオープンしたのが1992年の7月で、8月末から働き始めた。もう何年くらい働いたか、はっきり覚えてないんじゃけど、3年か4年か5年ぐらいかなあ。作品を展示しとるから、番(受付)してくれ言われてな。『そんなんは退屈で困るから、ようせんでえ』って話しょったんじゃけどなあ。そいじゃから、退屈せんでもええように、色々な仕事をさしてくれたけどなあ」

1998年、家プロジェクト「角屋」の内覧会に田中さんが訪れた際の写真
1998年、家プロジェクト「角屋」の内覧会に田中さんが訪れた際の写真(左)(撮影:上野則宏)

1998年には本村地区で家プロジェクト「角屋」が公開され、ベネッセアートサイト直島の活動は、島の方々が暮らす地域に広がります。田中さんも家プロジェクトを通して作品やアーティストと関わりを持ち始めました。

「昔は今みたいにお客さんが多くないから、『角屋』は無人で見せよった。朝、鍵を開けに行って、夕方5時に鍵閉めに行きよったんじゃな。『南寺』(1999年公開)は中が真っ暗じゃから人をつけるんじゃあいう話を聞いて。鑑賞時間は自由じゃった(現在は約15分)。よう遊びに来よった遠方の女の子がおって、その子のお姉ちゃんも付いてきたことがあった。そのお姉ちゃんは踊りを好いとる人で、『南寺』のなかで一生懸命踊りまわりよった。何時間でもおれたからな。あの頃はみんな、いろんなことを経験しょった」

家プロジェクト「南寺」
家プロジェクト「南寺」"Backside of the Moon" 1999(撮影:渡邉修)

田中さんは、内藤礼氏が制作した家プロジェクト「きんざ」(2001年)について、同氏による豊島美術館の作品「母型」(2010)を見て、気がついたことも語ってくれました。

「『きんざ』はスタッフの人と懇意にしょったからな、何回も見せてもろうた。豊島美術館と作家が同じ人じゃろ。スタッフ何人かと豊島美術館に行った時にドームのような建物のなかに、金の糸、銀の糸ゆうて、吊っとんがあってな。『きんざ』もあんなんがあるんかなあと一緒に行ったスタッフに聞いたら『あるよー』言う。『ほな、また見せてくれ』ゆうた。直島に帰ってから、お客さんのおらん時に『きんざ』に入って上を見てみたら、あるんじゃな、同じものが。金の糸と銀の糸ゆうのが。『ああ、なるほどなあ、あれやー』と思うた。今まで天井の方を見たことないから、気がつかなかった」

内藤礼「このことを」
内藤礼「このことを」 2001年(撮影:畠山直哉)

作品への参加

2001年には直島全体を舞台にした「スタンダード」展が開催され、島外から150名のボランティアが運営に参加しました。直島町民も田中さんをはじめ15名が町内ボランティアとして関わってくださいました。

「のれん(加納容子「のれん2001」)は、最初はよそから来るスタッフの男の子が立てよったんじゃけどな、『明日、男の子が誰もおらんから、ちょっと立てにきてくれるか』言われて行ったりな。それでもう、土日祝日になったら、町民同士で手伝いに行こうやゆうて、一生懸命立てよった。お客さんが来てない時には、よそから来た男の子・女の子と、友達と会って話をするような感じで話しとった。若い女の子とお話しする機会はあんまり無かったから、魅力があったなあ。楽しかった。まだ年賀状が来よる子も何人かおるよ」

加納容子「のれん2001」
加納容子「のれん2001」2001年(撮影:上野則宏) 

「それから大竹(伸朗)先生の直島銭湯「I♥湯」(2009年)の時な、大竹先生に『こんな網が欲しいんだけど』ゆうて頼まれたこともあるんよ。ほいで、うちの近所に漁師しょった人がおるからな、『大竹先生が欲しいと言いよるんじゃけど、ないかなあ』て聞いて、『ちょっと探してみるわー』ゆうて、あったから大竹先生に『これでええんかな?』て持って行ったら、『これで、ええ、ええ』ゆうてな」

田中さんの網のほかにも、直島町民から提供された様々な品物が、直島銭湯「I♥湯」にコラージュされています。

2009年、制作中の直島銭湯「I♥湯」の前で大竹伸朗氏(中央)と写真に写る田中さん(後列左)
2009年、制作中の直島銭湯「I♥湯」の前で大竹伸朗氏(中央)と写真に写る田中さん(後列左)(写真提供:田中春樹さん)

最初は「アートゆうて何かいなーって思よった」という田中さんですが、作品についての気づきや、アーティストや島の外から来る若者との交流など、エピソードは尽きることがありません。

「だんだん行きよるうちにな、『ああ、こういうようなもんかいな』、ゆうてな」

田中さんが愛用する帽子は地中美術館の開館(2004年7月)の際の記念品
田中さんが愛用する帽子は地中美術館の開館(2004年7月)の際の記念品

瀬戸内「百年観光」資料館 ― 「行く場所ができた」

そんな田中さんは、1983年から2019年まで、直島に関係する新聞記事を集めて、スクラップブックにまとめていました。「直島の記事は全部切り抜いた」という36年分のスクラップブック15冊は、アーティスト・下道基行氏が監修した《瀬戸内「百年観光」資料館》(2020年7~8月)で展示され、会期中に多くの人の目に触れました。昔、新聞に載ったことがあるという島の方が記事を探しに来たり、「うちの娘が載っとる記事があるかもしれん」と家族で見に来られる方がいたり、昔の島の人や光景を、記事を通して懐かしむ方もいらっしゃり、スクラップブックは島のあゆみを振り返り、訪れた人と共有するきっかけになりました。

田中さんによるスクラップブック
田中さんによるスクラップブック

「家に置いとってもな、宝の持ち腐れになるからな。自分が作ったのがこうやってみんなに見てもらえるんやったらええなあと思う」と語る田中さん。会期中はほぼ毎日会場に足を運んでくださり、若者や来館者の質問に快く応えてくださいました。

≪瀬戸内「百年観光」資料館≫の内覧会での田中さんと下道氏(2020年7月)
≪瀬戸内「百年観光」資料館≫の内覧会での田中さんと下道氏(2020年7月)

≪瀬戸内「百年観光」資料館≫の会期中、なぜ頻繁に通ってくださったのか田中さんにうかがうと、次のように答えてくださいました。

「一ヵ所、行く場所ができたからゆうような」

田中さんはこれまでの30年を振り返って、作品やアーティスト、訪れる人との間で起こった一つ一つの出来事を鮮明に語ってくれました。島の人の日常と作品が交わることで豊かなエピソードが生まれ、ひいてはそれが、人生を豊かにすることや、良い地域をつくることにつながるのかもしれません。ベネッセアートサイト直島の作品がそのための仕掛けとして、――田中さんが話してくださったような「行く場所」として――あり続けられることを願っています。

※あわせてぜひご覧ください。
ベネッセアートサイト直島 広報誌2021年1月号

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