豊島美術館 朝の特別鑑賞プログラム体験記
(2019年4月14日)
一滴の水が地上に最初に落ちた瞬間のような形を想起させる豊島美術館。空間内部ではいたるところから水が湧き出し、朝から夕方まで一日をかけて「泉」を誕生させる作品「母型」が鑑賞できます。
豊島美術館では、「朝の特別鑑賞プログラム」として、新しい一日が始まり、最初の水が生まれてくる瞬間を鑑賞いただいています。「一日のはじまりの何もない状態から豊島美術館を鑑賞してみたい」という多くのお客様からの声を受け2017年より始めました。今回の記事では、今年で3年目を迎える「朝の特別鑑賞プログラム」の2019年4月14日(日)の回の様子をお伝えいたします。
写真:森川昇
通常の開館時間より一時間以上早い8時45分に、プログラムの参加者たちは豊島美術館のゲートに集合しました。参加者は前日から豊島の島内に宿泊されている方々が中心ですが、宇野や高松から朝いちばんの船で家浦港まで乗り、美術館まではバスを利用して来たという方もいらっしゃいます。チケットセンターに入ると、受付のスタッフよりプログラムの簡単な案内が始まりました。
「豊島美術館は、内藤礼のアートと西沢立衛による建築、そして周囲の自然とが一体となった美術館です。空間内では、床のいたるところから水が生まれ続け、一日を通して『泉』が誕生していきます。普段では見られないまっさらな状態から、豊島美術館の一日の最初の水が生まれる様子をごゆっくりとご鑑賞ください」
穏やかな瀬戸内海や眼前に広がる棚田の風景を眺めながら遊歩道を歩きアートスペースに到着すると、スタッフが案内した通り、まだ美術館の中は水のないまっさらな状態です。広さ40×60m、柱が一本もないコンクリート・シェル構造の空間内部は朝らしい静けさに満ちており、時折どこからか鳥の鳴き声や風の音が響いてきます。参加者たちは思い思いの場所で立ち止まったり座ったりしながら、水の生まれる瞬間を今か今かと胸を弾ませて待っている様子でした。
写真:森川昇
朝の静かな時間がどれくらい経ったころでしょうか。ふいに、音もなく水が湧き出し、水滴になってスーッと流れていきました。注意深く眺めてみると、館内の床の小さな穴から一つ、また一つと水が顔を出し、隣の水滴とくっついて大きくなりながら、静かな美術館の中を駆けていきます。そうして集まった水滴たちは、やがて少しずつ小さな「泉」となっていくのです。流れてはとどまり、集まっては離れる。そんな水たちの繰り広げるささやかなドラマを、参加者たちは食い入るようにのぞき込んだり、顔を見合わせたりしながら、静かに見守っていました。
この日は鑑賞プログラムの途中から、雨天となりました。天井にある2箇所の開口部から館内に降り注ぐ雨水と、豊島美術館で生まれた水滴とが出合うことで、また新たな水の流れが「泉」へとつながっていくのです。豊島美術館の水は、敷地内にある井戸で採れる水を使っています。豊島唐櫃の清らかな井戸水が美術館の中でアートの一部となり、やがて瀬戸内の海に流れ込み、水蒸気となって空へ戻り、雨となって再び島に降り注がれる――そんな水の循環に思いを巡らせていると、ここにいる私たちの命の奇跡やその儚さをも感じずにはいられません。
写真:森川昇
毎日生まれる「泉」も、周囲の風、音、光を内部に直接取り込んだ豊島美術館の空間も、一日として同じ姿を見せません。その一日のはじまりから鑑賞した参加者の方々は、「朝の特別鑑賞プログラム」ならではの感動を思い思いの言葉でアンケートに綴ってくださっています。
「この天気、朝の静けさの中でしか感じることのできない緊張感が何とも言えない雰囲気だった。人数も少なく、水の周りに集まる人も、一つの水の粒に思えた」
「見るだけでなく、自分の中でいろいろな考えや悩みを見つめなおす時間にもなりました」
「生命の素晴らしさ、尊さ、無二であること、移ろいなど、日々の中で立ち止まって考えられました」
アート、建築、そして豊かな自然が呼応する豊島美術館。朝の光の中で、水のないまっさらな状態から作品を鑑賞する「朝の特別鑑賞プログラム」は、現在、毎月開催しています。この機会に、豊島美術館での特別な朝のひと時を体験してみてはいかがでしょうか。
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