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Benesse Art Site Naoshima
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クロード・モネの御曾孫にあたる美術史家
Philippe Piguet氏による講演会を開催しました。

先日、直島のベネッセハウスにおいて、フランスの美術史家Philippe Piguet (フィリップ・ピゲ)氏による講演会を行いました。

ピゲさんは、印象派の巨匠として知られるクロード・モネを中心に、1960年代以降の現代アート――特に19世紀後半から現代の芸術がご専門の美術史家です。モネの義理のひ孫にあたる方で、子供の頃は、モネが暮らしていたフランス・パリ郊外のジヴェルニーで休暇を過ごしていたといいます。やがてお祖母様の家でモネや家族に関する手紙や写真を見つけ、興味をもつようになったことがきっかけでそれらの多くの資料を譲り受けることとなり、現在の道に進むことになりました。

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Philippe Piguet氏 ジヴェルニーのアトリエにて(Photo: Philippe Piguet氏提供)

ピゲさんが初めて直島を訪れたのは2010年。日本の小さな島にある美術館に、モネの最晩年の作品が5点も展示されていることを耳にし、地中美術館を訪問されます。「『睡蓮』が米国の現代美術作家の作品とともに空間・場と一体的に展示されていることに大変感銘を受けた」として、この度、自身のコレクションの一つである一枚の貴重な写真を寄贈くださることになりました。こちらがその写真です。

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今回寄贈いただいた写真
Anonyme - Claude Monet en pleine séance de travail, au bord du bassin aux nymphéas, Giverny, été 1904. Epreuve argentique originale, sépia, 5,6 x 7,7 cm. © Fukutake Foundation

1904年夏、モネがジヴェルニーの庭にある池のほとりで、「睡蓮」を生き生きと描いている様子をおさめた一枚。ピゲさんはこの写真を通じて、ここで働く人々、訪れる人々に「モネの存在を違うかたちで見返していただきたい」と話します。

講演会は、『Claude Monet prospectif. Les Nymphéas, une oeuvre in situ(クロード・モネの展望:サイトスペシフィック・アートとしての「睡蓮」)』と題し、ピゲさんが収集した貴重な写真や映像を用いながら、サイトスペシフィックな、新しい絵画作品の道を切り開いた先駆けとしてのモネについてお話しいただきました。当日の講演内容を、少しご紹介します。

「睡蓮」を描くこととなった経緯と、連作への構想の発展

モネがジヴェルニーに移り住んだのは1883年の春のこと。まだ無名の時代に街からも印象派からも遠く離れ、花あり、畑あり、水あり、そして美しい光に満たされた理想の場所を見つけ、新たな拠点を作りました。そこでモネは、自ら思い描く理想の庭を設計し、苦労の末、池やアトリエを構え、目の前の光景を描きとるように「睡蓮」を描いていくようになります。

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講演会にて、今に残された貴重な資料とともにモネについて語るPiguet氏
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若き日のクロード・モネ(講演資料より) © Coll. Philippe Piguet
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ジヴェルニーで池を最初に設計した頃の構想図(講演資料より)

自然と芸術が一体化した場として、また自然をその素材としても扱うという芸術の流れを生み出したモネは、一つの色合いでグラデーションしたような連作を作り出します。そして連作という試みの中で、連続する「時間」と「空間」を描くという挑戦を続けていくことで、アイデンティティともいえる大気や水といったモチーフに辿り着き、やがて、見る人を囲むように展開される360度の大装飾画構想につながっていきます。

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大装飾画の大作を描くモネ(講演資料より)

現代アートの先駆けとしてのモネ

――「睡蓮」は、絵の表現手段をもってしてスペースを、空間を閉じ込めようという試みです。モネが目指すのは、印象派の時代のように世界の一瞬をとらえてそれを再現することではありません。世界の広さとその素晴らしさを絵の中に入って、感じてもらうことができるように絵の中に人を招いているのです。

「睡蓮」は、オランジュリー美術館の楕円の展示スペースに象徴されるように、その部屋に入った途端に鑑賞者を包み込みます。モネはわざと、光と雲を混ぜ合わせ、そして柳と水の植物のうねりを混ぜて描いており、空間を埋め尽くすように、あらゆる方向から鑑賞者に迫ります。

また、本来水面は水平ですが、「睡蓮」ではそれが縦に描かれています。そこでは描かれるものが相互に働きかけ、独自のバランスを保って造形秩序が作り上げられています。物理的な常識はすべて覆され、1940~50年代の抽象表現主義におけるジャクソン・ポロックは、そうした考えを完全に理解し、作品をつくっています。そのほか、カンディンスキー、20世紀を代表するマティス、ロスコなど、さまざまなアーティストがこうした系譜の中で作品を生み出しています。光という面では、ジェームズ・タレルもその一人といえるかもしれません。

モネの戦争へのメッセージ

「睡蓮」は、注文作品でもなく、パブリックアートでもなく、モネが自身の内面に迫るものに応えるかたちで、自分の仕事として描いてきました。

しかし、「睡蓮」が大装飾画として描き始められた頃は、第一次世界大戦の最中。モネは精力的に作品を制作をすることで、その行為自体が戦争のおぞましさとコントラストを成し、自分なりの仕方で戦争に抗議していたと言えます。モネの社会的役割については多く語られていませんが、それは"人間の愚かさに対する大きな挑戦"でした。1918年の休戦協定の後、モネはフランスに19枚の絵画を寄贈しました。それらの作品はオランジュリー美術館に展示されることになります。混沌とした時代、モネの作品は、欧州の人々の心に大きな安らぎを与えたことでしょう。

最後に

ジヴェルニーに移り住み、自ら手掛けた庭で「睡蓮」を27年間描き続けたモネ。「睡蓮」について、モネは"孤独と沈黙の協力の成せる技、熱烈な注意、それだけを見つめるうちにここに至るのだ"と語っています。1910年代初頭に白内障を患いながらも、その強い精神で86歳で亡くなる最晩年まで描き続けました。

ピゲさんは、講演会の最後に、1915年に撮影されたモネの貴重な映像を公開。葉巻をふかしながら池のほとりで「睡蓮」を活発に描くモネが、スクリーンに鮮明に映し出されました。

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サプライズでお披露目された、モネの制作風景の動画

地中美術館には、最晩年の「睡蓮」を5点展示しています。角のない白い空間で、自然光のみの環境で鑑賞いただきます。モネがオランジュリー美術館の展示空間を構想したように、作品の中に完全に浸り込めるよう、空間全体を作品として一体的につくりあげています。ピゲさんは地中美術館のモネ室を訪れた時、「空間の精神性と5点の作品が響き合う空間になっている。無限の可能性を感じる」と語りました。オランジュリーでの「睡蓮」が人々に安らぎを与える存在であると同時に戦争へのアンチテーゼであったように、直島での「睡蓮」も、現代社会へのアンチテーゼであるといえるかもしれません。

訪れた人のみ感じることのできるメッセージを、ぜひ直島で体感してみてください。

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