一期一会のご縁を大切に―通訳案内士の視点から
ベネッセアートサイト直島の活動背景や理念を、世界中のお客様に届ける架け橋となってくださっているのは、通訳案内士の皆さんです。2024年7月と9月に、直島、豊島、犬島をめぐる通訳案内士限定の研修ツアーを実施し、多くの方にご参加いただきました。
参加者の一人、岡山在住の全国通訳案内士、柏原 尚子(かしはら ひさこ)さんは、アメリカ留学の経験を活かし、2009年から通訳案内士としての活動を開始されました。ベネッセアートサイト直島の美術館やベネッセハウス、直島の集落でもすっかりおなじみの柏原さんに、今回は、直島の変化を見守り、島の魅力を伝え続けてきた、その想いとエピソードを伺いました。

――2009年当時から現在に至るまで、直島で特に変わったと感じるポイントはどこでしょうか?また、それをどのように受け止めていらっしゃいますか?
柏原さん:直島が観光地として広まり、多様なお客様が訪れるようになったと感じています。以前はコアなアートファンが多かったのですが、直島が広く知られるにつれ、何があるかあまり知らないけれども来られる方、また団体ツアーで来られる方、本当に様々な方が来られるようになったなというのは当時との違いだと思います。
――来られるお客様には、どのようなご案内をされていらっしゃいますか?
柏原さん:お客様の興味・関心に合わせて直島の歴史やベネッセアートサイト直島や作品のコンセプトを伝えることを心がけています。また、お客様が自分自身で発見したり、感じたりする体験を大切にしていただくために、説明をしすぎないようにしています。
アートと建築と自然の融合のお話では、それに加え、ベネッセアートサイト直島は島の人たちと共にあるということをお話します。直島でアートを見ていただいて、建築もともに楽しんでいただいて、施設間を歩きながら自然も体験していただいて。その中で、ベネッセアートサイト直島には「ご自身の人生の中で『よく生きる』ということについて感じてほしい」という思いがあります、ということをお伝えしています。
――お客様に合わせて意識されていらっしゃることなどはありますか。
柏原さん:島民の暮らしを知りたいと仰る方には、本村地区で展開されている「家プロジェクト」を重点的にご案内することが多く、歩きながら町並みをご覧いただいたり、時には地元の方とお話をしたりすることもあります。一方で自然や海の景色をゆっくり楽しみたい、歩くのが好きという方には美術館に向かう道をあえて歩いていただくこともあり、そんな風にお客様のご希望によってご案内の方法を変えています。
どんなお客様にも、まずは作品を観て自由に感じとっていただいて、その後に必要に応じてお話しするようにしています。私がリードして何もかも説明するということではなくて、お客様がそれぞれ感じられたことをまず大切にしていただきながら、ご鑑賞のお手伝いをするというスタンスを大切にしています。
作品についての詳しい解説が表示されていないことや、ベネッセハウス ミュージアムも地中美術館も家プロジェクトにも順路がないことは、自由に見て感じていただき、ひいてはそこから「よく生きる」について考えるということと結びついていると私は思います。ベネッセアートサイト直島は、お客様がそれぞれの方法で発見することを大切にしていると私は感じているので、その考えを尊重しています。

――ベネッセアートサイト直島のご案内で、印象に残っているエピソードなどはありますか。
柏原さん:お子様もよくいらっしゃるのですが、ある時8歳ぐらいの男の子が豊島美術館の作品を本当に楽しそうに、一生懸命ご覧になっていました。水の流れる様子や、水に顔を近づけて「アリが来たよ」などと細かなところまで観察しながら...。家プロジェクト「角屋」にご案内した時にも、一生懸命にデジタルカウンターの数字を見て、「『8』っていう数字があればどの数字も全部表せるんだね」と気付かれたご様子でした。
それに対してお父様は、男の子に「ここは何が好き?」「どうして好き?」と常に尋ねられていました。男の子もこういうことが好きと自分の思ったことを話していらして、小さな頃から自分の思いを言葉で伝えることをお父様は考えてなさっているんだなということがすごく印象に残っています。
もうひとつ印象的だったことは、年齢を重ねた方ももちろんたくさん来られる中で、ある女性の方が「現代アートは年を取ってからがもっと楽しめるのよ。人生を重ねれば重ねるほど現代アートは楽しくなるのよ」と話されていた言葉ですね。
――ご案内を重ねる中で、ご自身の気づきや変化などはありますか。
柏原さん:そうですね、おそらく直島には何百回と来ていますが、それでもまだ飽きないのは、毎回お客様と一期一会の出会いがあることと、お客様ごとに異なる視点で鑑賞されるご様子を拝見することで同じ作品でも全く違う感想や見方があるのだなと気付かせていただくことが理由としてあると思います。
実は、通訳案内士として直島に来る以前は、アート好きではありましたが、現代アートはわからないなと思っていました。ですが直島に何度も通うようになって、同じものを何度も観るというのは、すごくいい経験になるなと思って。同じものを何度も観続けることによって、実はそれに飽きるのではなく、それどころかどんどん毎回新しい発見があります。
例えば、私は豊島にあるボルタンスキー氏の「心臓音のアーカイブ」に何度も行っているのですが、ある日突然、あの部屋に入った時に自分の奥底にものすごく響いてくるものがあり、気付けば本当に涙が出そうになったことがありました。そんな風に、その時の自分の状況や経験、いろんなきっかけでアートが直接自分の中に入ってくるっていう瞬間があるのだなあという経験をしました。
実は私自身が、この場所を案内させていただくことで恩恵をすごく受けているんだなと感じています。
――ベネッセアートサイト直島への要望や課題などはありますか。
柏原さん:直島を訪れるお客様もどんどん増えていますので、皆様がもっとゆっくりとお過ごしいただけるとよいなと思います。お客様には、ちょっと時間をずらすと落ち着いた環境で鑑賞できることもあるので、1日だけではなく、2日間滞在いただけると、もっと直島をお楽しみいただけるかと思います。作品鑑賞だけでなく、海沿いをただ歩くような時間もとっていただきたいので、旅程はぜひゆったりとした時間になるようにしていただければと思います。
――これから直島をご案内される通訳案内士へのメッセージなどはありますか。
柏原さん:まずは一度、直島にお越しください!ゆっくり時間を取って直島に来ていただいて、ぜひご自身も楽しんでいただいて、その思いをお客様にお伝えしていただければと思います。

以前、「その場所の重要性を話すことがあなたの仕事」と言われたことがあって、その言葉がすごく印象に残っています。直島に限らず、お客様がなぜこの場所に来るべきなのか、この場所はなぜ大事なのかということを話すことが通訳案内士の仕事と。その場所の細かい情報はパンフレットなどに書いてあるのですけれど、そうではなく、その場所に行く意義みたいなものを話すことが大切だと。
その言葉はずっと私の中で軸になっています。私たちはアートの専門家やキュレーターではないので、アートについて専門的な内容については話せません。通訳案内士として、直島という場所がどうして大事なのか、また「よく生きる」ことについて考える、というベネッセアートサイト直島の想いを大切にお伝えしています。その中で、直島こそが「その場所の重要性」をお話ししないといけない場所だと思いました。
本当に「よく生きる」ことを、ここで通訳案内士として働かせていただくことによって私も感じさせてもらっているなと、感謝の気持ちがすごくあります。
――ここで体験していただきたいこと、ここでしかできないことを柏原さんはお客様へ伝えてくださっているのだと改めて感じました。ありがとうございます。
(写真:川西綾人)
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