• シンポジウム

2025年9月7日

直島会議2025

《マルコ・ポーロの忘れ物》から
直島新美術館へーアジア現代アート
と1995-2025

  • シンポジウム

2025年9月7日

直島会議2025

《マルコ・ポーロの忘れ物》から
直島新美術館へーアジア現代アート
と1995-2025

プレゼンテーション スハーニャ・ラフェル

スハーニャ・ラフェル(以下:ラフェル):
私はこれまでに何度も直島を訪れていますが、今回のように、私たち全員が関わってきた30年間について語るという特別な機会をいただいたことを大変光栄に思います。
 では、私が関わってきたプロジェクトについていくつかお話ししたいと思います。まずは、アジア・パシフィック・トリエンナーレ(以下、APT)について。これはオーストラリアのブリスベンを拠点として始まった三年に一度開催されるもので、初回は1993年でした。他のビエンナーレやトリエンナーレとは異なり、開催都市の名前を冠していない、都市名ではなく「アジア太平洋」という地理的な視点を軸に組織されたことが特徴的なことです。ブリスベンは小さな地方都市で、クイーンズランド州立美術館は美しい美術館ではありますが、当時はそれほど際立ったコレクションを持っていたわけではありませんでした。国際的に成功しているビエンナーレの例を見てみると、多くの場合、国の中心都市ではなく、周縁にある都市で開催されていることが多いです。APTの重要な提案のひとつは、オーストラリアがアジアと太平洋の結節点となるようなところに位置しているという点でした。つまり、ここでは様々な場所からやって来た作品を見ることができるのです。そこには先住民族の声も含まれており、オーストラリア国内だけでなく、国際的にも強い共鳴を得るものでした。近年では、環境問題、ウェルビーイング、未来について等々を語るこれらの声に、私たちはますます耳を傾けるようになっています。だからこそ、これらの地域のアーティストたちと共に活動することがとても重要なのです。そして同時に考えるべきは、「収集・収蔵する」という役割を持つ文化機関、つまり美術館がこうした対話に何をもたらすのかということです。それはもちろん、ここ直島にもつながります。直島には多数の美術館があり、瀬戸内国際芸術祭の会場にもなっており、強い発信力があります。今、直島で私たちは集い、収集、機関、コミュニティについて豊かな対話を交わしています。
 一方、ビエンナーレやトリエンナーレは、コレクションとは別の「時間性」を持つものです。クイーンズランド州立美術館は、20年以上にわたるトリエンナーレを通じた取り組みにより、アジア太平洋地域の現代アートの優れたコレクションを築くことができました。アジア太平洋地域の多くのアーティストたちにとって、彼らの作品を最初に収蔵したのが私たちの文化機関でした。これらの対話が国際的なものへと発展していく過程に寄与できたことは、私にとってすばらしい経験でした。そして今、アジア太平洋地域において私たちが関わったアーティスト、建築家、クリエイティブな作り手たちを世界の中で重要な存在として育み、発信していることを祝うためにも、ここに集まっているのだと思います。

 私は2016年から香港での仕事を始めたので、今年で9年目になります。M+の活動は、香港政府が大規模に投資している巨大なインフラプロジェクトです。というのは、偉大な都市には偉大な文化機関が必要であると政府が認識したからです。香港は、これまで金融の中心地として、またイノベーションやテクノロジーなどで際立ってきましたが、文化の分野、特に「大規模な文化の発信地」としては目立っていませんでした。そこで政府は大きな投資を行い、実現には長い時間がかかりましたが、現在では7つの文化施設が稼働しており、その中に2021年にオープンしたM+も含まれています。世界を旅するとき、記憶に残るのは文化施設です。ロンドン、ニューヨーク、パリ、ヴェネツィア、東京、直島、そして今では香港もそのひとつです。
 私は、美術館の建設に5年間携わり、開館してから4年が経ちました。建設期間中に私たちは何をしていたと思いますか?人々と対話し、アートと文化が何をもたらすのかを理解してもらうために、「観客を育てる」ということを行っていました。私たちは小さなマントラ(信条)を掲げました。「M+は単なる美術館ではない、単なる建物ではない」と。M+の建設にあたっては、どんな美術館をつくるべきかについて話し合う大規模な市民参加型の意見交換から始まりました。M+は「Museum and More」、つまり「ミュージアム+α、美術館以上」という意味です。21世紀のための美術館として、アート、デザイン、映像、インスタレーション、ポピュラー・カルチャー、ストリート・カルチャー等々、多様な領域を扱います。これらは、M+を築く過程で私たちが取り組んできたこと、そして今も続けていることの一部であり、ほかには移動式のスタジオ「M+ Rover」で、香港のあらゆる学校(初等教育・中等教育)やコミュニティセンターを巡りました。M+が何をしているのかを伝えるためです。これは「コレクション」を運ぶのではなく、「人」を運ぶスタジオです。「作り手」を運びました。それはM+のあり方について議論する方法でした。また「M+ Matters 」は教育プラットフォームであり、コレクションの方向性を決めるためのシンポジウムなどを開催します。
 M+は入館料を設定している施設です。無料の施設にはできませんでした。なぜなら、非常に大きな投資がなされており、私たちは自立的に運営していくための仕組みを築く必要があったからです。財政的な持続可能性は重要であり、チケット収入は大きな柱となります。ただし、特定のプログラムについては無料で提供するなど、観客をどう引き込むかについても常に考えています。
 開館以降に形成してきたコレクションや、開館以降に立ち上げたプログラムついて紹介します。私たちは大規模な特別展にも取り組んでおり、調査を行いながら世界中に巡回させています。たとえば草間彌生の展覧会は、スペインのビルバオを経てポルトガルのポルトへ巡回しました。また、M+における最初の建築展「I.M.Pei: Life is Architecture」は、上海へ巡回し、今後はドーハへと向かいます。M+はこうしたアート、デザイン、建築、映像といった領域を横断した展覧会を実施してきました。
 直近では、パリのピカソ美術館との共同で「アジアのためのピカソ――対話」という企画展を開催しました。「ピカソ展を開催する」と決めたとき、単にピカソの作品を持ってくるだけでは意味がないと考えました。アジアの現代アーティストたちやコレクションとの対話の中に、ピカソを位置づける必要がありました。ですからこれは、パリのピカソ美術館と香港のM+間の対話でもありました。ピカソの作品がアジアのアーティストたちと並んで展示されるのは本展が初めてでした。これまで、ピカソの作品は、常にヨーロッパのアーティストや、彼と同時代のフランスの作家たちとの関係で展示されてきました。だからこそ、既成概念の枠を超え、新しい文脈へとつなげていくことが重要だと考えました。この展覧会を開催するまでの3年間、パリのピカソ美術館と交わした対話を通して私たちがしてきたことを振り返ってみると、それは、通常ならば歓迎されないかもしれない議論を、あえて始める勇気――「私たちはできる」と勇気をだして踏み出すことだったのだと思います。

 また、当館は視覚文化、映画、映像の美術館として、建築にどのような特徴があるかをお伝えしたいと思います。当館の建築の特徴は映像スクリーンのあるファサードです。縦60メートル、横幅は120メートルあります。これは都市における大規模なインフラの一部といえます。香港という都市は光にあふれ、映像にあふれ、そしてその映像の多くはシャネルやプラダのようなブランドのための広告映像です。一方、美術館のファサードの映像スクリーンは、それとは異なりアーティストに制作を依頼しています。ただし、実現するために商業パートナーからの協力を得ています。あるシンガポール出身のアーティストは、1990年代の香港映画に着目し、人工知能(AI)を用いて、現代の視点からその映画の世界を独自に解釈した映像作品を制作しました。夜の都市における映像文化のあり方を示した短い映像クリップです。スクリーン自体はサイレントで、音はありません。音の代わりにあるのは都市の環境音で、毎晩18時から22時まで上映されています。私たちはこのファサード用に、毎年複数の新たな作品を委嘱しています。
 映画を考察する機関として、入手困難となりつつある前衛的な映像資料を収集するアジア・アバンギャルド・ライブラリーを設立し、アジア・アバンギャルド映画祭も開催しています。映画祭のひとつの役割は、他では観ることのできない映像作品を集めることで、アジアの前衛の歴史を美術館として称揚することでもあり、その歴史を今こそ力強く語るべき時だと思っています。また、夜には「M+ at Night」を開催してきました。このイベントの際、美術館は全く別の空間へと変容します。若者たちが訪れすべてのギャラリー空間において繰り広げられるDJによるパフォーマンス、歌やダンスを美術館で体験することができます。
 M+はアジアの現代視覚文化一般に関する展示を行うグローバルミュージアムであり、20世紀および21世紀のアート、デザイン、建築、映像表現、そして香港の視覚文化を収集・展示をしている美術館です。2021年11月、コロナ禍のまっただ中に開館しました。最初の年の来館者はほとんどが香港の人々でした。香港への自由な出入りが可能になったのは2023年初頭からです。2025年8月17日時点で、累計930万人の来館者を迎えており、世界で最も多くの来館者を持つ文化施設のひとつとなりました。香港、中国本土、アジア各地の作り手による1,200点以上の作品が展示されています。汎アジア的な機関であり、アジア以外の地域の作り手であっても、アジアとの直接的な関係性を重視し、作品を収集しています。そして、収蔵作品のおよそ20パーセントが香港のアーティストによるものです。
 それでは、オーディエンス(来館者)はどのような構成になっているでしょうか?年間の来館者はおよそ260万人です。中心層は若い人たちです。来館者の84パーセントが18歳から44歳で、81%が大学卒以上の学歴です。30%が香港から、70%が香港以外からの来館者、そのうち半数は中国本土からの来館者です。つまり、観光という観点からも大きな取り組みとなっています。コレクションについてはミッションとビジョンについて明確にすることが大切です。香港から発信する明確なグローバル・ビジョンのもとで、時代を代表する世界レベルのコレクションを築き上げることです。拠点とするこの場所性そのものが、私たちの活動を形づくっています。コレクションは世界中の美術館、特に近・現代美術の美術館に対して、極めて独自の視点をもたらすものだと考えています。
 現在のコレクションの概要は、作品数は約10,000点弱、その中にはM+シグ・コレクションも含まれています。M+シグ・コレクションは、1,500点以上の中国現代アート作品からなる創設時のコレクションです。現在ではさらに拡大し、主に建築やデザインなども含む66,000点以上の大規模なコレクションへと成長しています。ライブラリーには、アーティスト・ブックなどを含む特別コレクションもあります。振り返ってみると、比較的迅速にコレクションの形成は進められ、現在、かなり充実したコレクションとなっていると思います。
 2024年、私たちはM+をグローバルなネットワークの中に位置づけ、国際的な関係性を築く必要があると判断しました。もちろん、アジアの中ではすでに強いネットワークがあります。ロンドン、ニューヨーク、パリ、ロサンゼルス、シドニー、ドーハといった都市とも関係性を築いてきました。それはアジアに深く根差しながらも、国際的な機関でありたいと考えてきたからです。汎アジアコレクション、汎アジア的な声、これらのアーカイブとコレクションの独自性を、私たちはできるだけ多くの人々に見てもらえるようにしたいと考えました。こうしたことの結果として、2024年には『アート・ニュースペーパー』誌の「最も来場者数の多い美術館」ランキングにおいて第21位という順位を得ました。これは成功を測る一つの指標にすぎませんが、それでも確かな手応えがあります。
 西九龍地区のインフラとして、M+に多額の投資をしてきた香港政府に対して、その投資の妥当性成果を説明できなければなりません。つまり「M+は香港を国際的な文化地図の上に位置付けている」と言える必要があるのです。そして同時に地元の観客も来てくれていることも確かな形で示さなければなりません。ですから、政府にこのような数字を提示することで、地元の人々が基盤として確かに存在し、彼らが成功の一端を担っていることを認識してくれるのは、とても心強いことです。地元の支えがなければ、私たちは活動をひろげていくこともできません。M+の開館前、香港のコミュニティの中には大きな不安がありました。「本当に成功するのか?」「巨大なお荷物になるのではないか?」という声も上がり、多くのメディアにも取り上げられました。しかし、今ではそうした疑問は一切なくなりました。M+は間違いなく香港の文化的景観の一部であり、まさにそのような存在として受け入れられています。

登壇者プロフィール

スハーニャ・ラフェル
(M+館長)

Suhanya Raffel

スハーニャ・ラフェル

スハーニャ・ラフェル
(M+館長)

Suhanya Raffel

オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州立美術館で副館長兼コレクション担当ディレクター(2013-2016年)、クイーンズランド州立美術館 /近代美術館では館長代理などを歴任(1994-2013年)。 アジア太平洋地域の現代美術コレクションの構築に尽力し、2002年よりアジア・パシフィック・トリエンナーレを主導。国際美術館会議(CIMAM)で2016年から理事、2023年より会長に就任。