• シンポジウム

2025年9月7日

直島会議2025

《マルコ・ポーロの忘れ物》から
直島新美術館へーアジア現代アート
と1995-2025

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2025年9月7日

直島会議2025

《マルコ・ポーロの忘れ物》から
直島新美術館へーアジア現代アート
と1995-2025

イントロダクション2 三木あき子

三木:
ベネッセアートサイト直島の活動も然りなのですが、アジアの現代アートの国際的な台頭は80年代頃から萌芽が見られ、90年代に具体的になっていきます。80年代は、世界的に見るとモダニズムからポストモダニズムへ移行する時代です。日本はバブル経済のまっただなかで、「セゾン文化」が活発な時期で、アートは広告や商業主義の流れの中で台頭していった時代です。
 その頃のアジアの現代アートに関する事象で注目すべきは、1981年、バングラデシュ・ビエンナーレの開催です。また、1984年、ニューヨーク近代美術館で「20世紀美術におけるプリミティヴィズム」という展覧会が開催されました。この企画展は画期的ではあったのですが、ただ文脈を無視して、造形的側面のみに焦点を当てたことで、植民地主義の再生産と非難されました。ただ、欧米の美術館がそれ以外の地域の文化・芸術に興味を持ち始めたという点においては大きな意味があったと捉えられています。
 1985年、福武書店(現:ベネッセコーポレーション)の創業社長である福武哲彦氏と当時の直島町長だった三宅親連氏が直島で会われて、ここからまさに「直島プロジクト」が始まっていくわけですが、1986年、哲彦氏は急逝、福武總一郎名誉理事長が取締役社長に就任、哲彦氏の遺志を継ぎ、直島のアートプロジェクトが始まります。
 現代アート界においては、1988年からヴェネツィア・ビエンナーレのアペルト部門において宮島達男さん、森村泰昌さんといった日本の作家が紹介されるようになりました。そして、1989年、この年は歴史の節目といえるような年で、中国で天安門事件が起こりました。天安門事件の直前、中国美術館で「中国現代美術展」が開催されたのですが、アーティストの過激な活動から、天安門事件の予兆のような展覧会だったといわれています。また、1989年にはベルリンの壁が崩壊しました。現代アート界では、パリのポンピドゥー・センターで「大地の魔術師たち」展が開催され、日本の作家をはじめアジアの作家の作品も展示されました。西洋/非西洋の区別はなく、世界中から100人の同時代作家が選定されました。仮面や曼荼羅など、現代アート作品以外のものも並列される一方で、西洋化されたモダンアート作品は排除される等非常に革新的な内容でした。

 90年代に入ると日本ではアジア美術ブームが起こります。その要因のひとつに、アセアン文化センター、アジアセンターと名前が変わるのですが、国際交流基金が積極的にアジアの現代アートの展覧会を開催したことがあります。フランスでは初めて大型の中国現代美術展が行われました。その背景には、、「大地の魔術師たち」展の設営のために来ていた中国の作家たちが、天安門事件が起こり自国へ帰れなくなってしまったということがありました。そうしてフランスに残ることになった作家やキュレーターの存在が展覧会開催につながったという経緯があります。
 1992年、タイでは「チェンマイ・ソーシャル・インスタレーション」という街中を使った展覧会が開催されました。そして、アジア・パシフィック・トリエンナーレや光州ビエンナーレ等々、アジアの各地でビエンナーレやトリエンナーレが開催されるようになります。シンガポール美術館の開館は1996年、そして直島で「家プロジェクト」が始動する97年、「Cities on the Move」という展覧会で西洋のキュレーターが同時代感覚でアジアの作家を紹介しました。1998年には私も関わった台北ビエンナーレが開催され、そして99年、アジア地域にフォーカスした福岡アジア美術館が開館しました。
 2000年代に入ると、横浜トリエンナーレ、釜山ビエンナーレ、シンガポール・ビエンナーレ、台湾のアジア美術ビエンナーレ等々が始まります。また、北京オリンピックでは蔡國強さんが芸術監督を務められました。2008年にはバンコク芸術文化センターが開館、このあたりからアートフェアといった商業的なプロジェクトが目立つようになります。2010年、カンヌ映画祭でタイのアピチャッポン・ウィーラセタクンの映画がパルムドール賞を受賞しました。愛知、そしてインドでコチ=ムジリス・ビエンナーレが始まりました。2013年には世界のアートフェアの中でも最も重要といわれるアートバーゼルが香港で行われるようになりました。2018年、タイでは3つのビエンナーレが始まり、バンコク・アート・ビエンナーレとタイランド・ビエンナーレは現在も継続しています。2021年、M+開館、そして22年、ヴェネツィア・ビエンナーレにも匹敵するドクメンタの芸術監督にインドネシアのルアンルパというアーティスト・コレクティブが選出されるにいたりました。ここまで断片的ですが、国際的な視点でアジアの現代アートがどのように発展していったか象徴的な事象等を紹介させていただきました。
 それでは、アピナンさんとスハーニャさんに個別のお話をしていただきます。

登壇者プロフィール

三木あき子
(直島新美術館館長/ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター)

Miki Akiko

三木あき子

三木あき子
(直島新美術館館長/ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター)

Miki Akiko

パレ・ド・トーキョー(パリ)チーフ&シニア・キュレーター(2000-2014年)、ヨコハマトリエンナーレ(2011年 アーティスティックディレクター、2017年コ・ディレクター)等を歴任。台北ビエンナーレ(1998年)、バンコク・アート・ビエンナーレ(2024年)等の国際展や、バービカン・アート・ギャラリー(ロンドン)、台北市立美術館、韓国国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館等世界各地の主要美術館にて多くの企画を手掛ける。