• シンポジウム

2025年9月7日

直島会議2025

《マルコ・ポーロの忘れ物》から
直島新美術館へーアジア現代アート
と1995-2025

  • シンポジウム

2025年9月7日

直島会議2025

《マルコ・ポーロの忘れ物》から
直島新美術館へーアジア現代アート
と1995-2025

プレゼンテーション アピナン・ポーサヤーナン

アピナン・ポーサヤーナン(以下:ポーサヤーナン):
皆さん、こんにちは。私は、文化とアートと自然が共存している直島にいらっしゃる皆さんがうらやましいです。アートはただ「見る」ものではなく、何かしらの人生のあり方を映し出してしまうものです。ですから、現代アートの歴史をふりかえるとき、私は直島に対して感謝の気持ちを抱きます。直島の環境すべてが、人間の本質、人と人との触れ合いを表していますし、直島は常に世界に目を向けてきました。そして今、世界が直島に注目しているのは世界が崩壊しつつあるからかもしれません。世界は災害、惨事、悲しみ、争いに満ちています。人々はそれらから逃れて自然のそばにいたい、大切な人のそばにいたいと願っているように思います。アートを観ることもそれと同じような意味があると思います。たとえアーティストが何を伝えようとしているのか、すべてを理解することができなくてもかまわない、アーティスト自身も、自分が何を言っているのかわからないこともあるでしょう。それでも、アートに接することで皆さんも元気になることがあるのではないでしょうか。
 まず、三木さんや南條史生さんの招聘により携わることのできた「トランスカルチャー」展についてお話しします。「トランスカルチャー」、それは多くの文化が存在していることを表しています。ひとつの国だけの話ではありません。ヴェネツィア・ビエンナーレは、国ごとのパビリオンに焦点を当てていて、とても狭い枠のようなもの、境界のようなものが存在していました。しかし、「トランスカルチャー」展では多国籍のアーティストが関わることで、その境界を飛び越えました。当時、そうした試みはとても革新的なことでした。さきほどビデオに登場した蔡國強も参加していましたし、当時まだ若かった村上隆のような新進気鋭のアーティストもいました。フィリピンとオーストラリアを拠点とする2人組のアーティスト、アルウィン・レアミーリョ&ジュリエット・レアも参加しており、植民地主義やカトリック教義をテーマとした作品がヴェネツィア・ビエンナーレにおいて展示されたことは画期的なことだったと思います。

「トランスカルチャー」展が私にどのような影響を与えたかについてお話しします。同展が開催されてから29年後の2024年、私は第60回ヴェネツィア・ビエンナーレにおいて「The Spirits of Maritime Crossing」という展覧会を行いました。1995年の「トランスカルチャー」展から受けたインスピレーションをもとに、ヴェネツィアのグランド・キャナルにあるパラッツォで展示しました。つまり、歴史あるパラッツォ(宮殿)にアート作品を展示するというアイデアこそが「トランスカルチャー」展から学んだことです。そこに作品を展示した15名ほどのアーティストの出身地は、ベトナム、タイ、ラオス、フィリピン、インドネシア、シンガポール、マレーシアでした。ヴェネツィア・ビエンナーレのメインテーマは「どこにでもいる外国人」というものでした。一方、「The Spirits of Maritime Crossing」で私たちが伝えたかったのは、「外国人はどこにでもいるわけではない」ということでした。なぜなら、ヴェネツィア・ビエンナーレのメイン会場では、アジアをはじめとして小さな国々からのアーティストはあまり選ばれていなかったからです。
 さて、私が行っているもう一つのプロジェクト、バンコク・アート・ビエンナーレについてお話ししたいと思います。2018年に始まり、草間彌生やアニッシュ・カプーアなどの作品を展示してきました。後ほど紹介しますが、直島のアートプロジェクトに関わっているパナパン・ヨドマニーやサニタス・プラディッタスニーも参加しています。すでに第4回まで開催しており、第5回は2026年に開催される予定です。日本のアーティストの貢献度は高く、前回は宮島達男の作品展示がありました。いまや平均するとバンコク・アート・ビエンナーレには100万人以上の来場者があります。多くの来場者を得た理由のひとつに鑑賞料が無料だったことが挙げられます。それは重要なことで、なぜなら無料にすることでリピーターが増え、若者たちも関わりやすくなりますし、その若者が家族や大切な人をビエンナーレに連れてきてくれるからです。
 来場者のなかには「バンコク・アート・ビエンナーレに来るのはリラックスするため」と言われる方々もいます。現代アートについてすべてを理解する必要はないのです。私たちの強みの一つは、寺院や歴史文化遺産の場所で作品を展示することです。ワット・ポー(涅槃寺)やワット・アルン(暁の寺)など、チャオプラヤー川沿いの主要な王室寺院で作品を展示しています。ナイジェリア、ニュージーランド、カナダ等々、世界中のアーティストの作品を毎回テーマに沿って展示しています。

 アーティストや来場者、そしてボランティアの人たちを含むコミュニティについて少し触れておきたいと思います。ボランティアはとても重要で、自ら進んで作品の説明を行い、来場者と積極的にコミュニケーションをとってくれる存在です。彼らには実習を受けてもらい、ボランティアといえども報酬をお支払いしています。作品展示期間の4〜5ヶ月の間に多くの若者たちが関わってくれています。
 2018年、第1回バンコク・アート・ビエンナーレに参加した奈良美智は寺院の庭に作品を展示しました。また、草間彌生による17個のカボチャの作品は、寺院ではなくデパートに展示されました。多くの人々は「アート作品をデパートに展示するのは受け入れられない」と言います。「現代アートはギャラリーや美術館で見るべきだ」と。しかし、日本はデパートでアート作品を見せることを早くから行ってきた国のひとつです。デパートは人々が歩き回る場所で、ファッションやデザインも見られます。そうした文脈の中で、草間の作品は大きな反響を呼びました。人々は彼女のドットや物語、キャラクターとコミュニケーションを取り、展示作品の中でも最も人気のある作品のひとつになりました。
 サニタス・プラディッタスニーの作品は、チャオプラヤー川沿いでも有名な寺院の一つであるワット・アルン(暁の寺)の庭にサイト・スペシフィックワークを制作しました。赤い透明なプラスチックフィルムで囲われた空間を、朝から夕暮れまでのあいだ人々が歩くなかで、作品の見え方が赤、ピンク、青、深紅......といったぐあいに絶えず変化していく、その変化を人々はとても楽しんでいました。寺院という環境のなかで、人々は仏教の信仰に対して、説教や読経だけでなく、現代アートを通じて反応することができるのです。ビエンナーレのオープニングに訪れたマリナ・アブラモヴィッチは、この年のバンコク・アート・ビエンナーレで最も印象的なインスタレーションのひとつはサニタスの作品だと語ってくれました。サニタスと同様に直島新美術館に展示されているパナパン・ヨドマニーは、今後の活躍が期待される若手女性アーティストで、彼女の作品はワット・ポー(涅槃寺)に展示されました。ここで、ホアン・ヨンピン(黄永砯)にも触れておきたいと思います。天安門事件後、中国人アーティストたちがフランスに滞在し続けることになったというお話が三木さんからありましたが、ホアン・ヨンピンはその一人です。彼は中国本土から輸送した大きなドラゴンボート(龍舟)のインスタレーション作品をタイ中央銀行で展示しました。彼はさらに「医薬の神獣」をモチーフにした巨大な足の作品をワット・ポーの境内にあるパビリオンに設置しました。
 コミュニティとのコミュニケーションの取り方を示す一例として、2020年に展示されたインド系イギリス人アーティスト、アニッシュ・カプーアの作品を挙げたいと思います。2020年はコロナの影響を受けずにはいられない年でしたが、私たちはビエンナーレの開催を続行する決断をしました。この年に参加してくれたアニッシュ・カプーアのアイデアは、王室寺院内の床に3.5トンの赤い蝋を置くこと、そしてコミュニティ、特に僧侶と協働するということでした。僧侶には独自の規則や戒律があるので、ともに仕事をするのはとても難しいことでした。彼らはまず「これはアートではない」と言いました。「どうして儀式を行う堂内に3.5トンもの蝋を持ち込むのか?」と。奥には仏像が鎮座し、床は貼り替えられたばかりのイタリア・カッラーラ産の大理石でした。私たちは僧侶たちを説得しようとしました。「これはまさに瞑想の一環」だと。するとひとりの僧侶が「それは信じがたい。よく説明してくれ」と言いました。そして作品のまわりを歩きながら、「これは何か?」、「この赤い蝋は何か?」、「この金属のシートは?」と僧侶たちが問い続けるうちに、そこにだんだんと人々が集まってきました。人々は自分が理解できないことがあっても、いったん理解して関わるようになると、何度も何度も戻ってきてくれます。アートについて何も知らない人々も戻ってくるのです。これが私たちのコミュニティ、地域社会との関わり方です。このことは直島とも似ている点だと思います。
 また、アニッシュ・カプーアは、チャオプラヤー川の対岸にあるワット・アルンに、ステンレス製の円盤のような作品《スカイ・ミラー》を設置しました。カプーアは「空を地上へ引き寄せるのだ」と語っています。ステンレスに映り込む反射を見ていると、空が地上に降りてくるかのように見える、つまり、空に近づく感じがする。「そこには神々がいる。神々はあらゆるところに生きている。神々は人間の近くに下りてくることもある」とカプーアは言いました。寺という文脈の中に一枚の金属を置くことには問題もあります。「なぜ、ここに衛星アンテナを置くんだ?」と言ってきた人がいました。作品が衛星アンテナのように見えて映画や映像が視聴できると思われたのでしょう。そして、作品は高価で繊細なものでしたから、私たちは毎朝手入れをしなければなりませんでした。猫たちはこれが大好きで、滑り台のようにして遊んでいました。それで私たちは掃除をするのですが、寺院の猫は触ってはいけない存在です。猫には猫の生活がある。毎日きれいにしても、すぐに爪で傷がついてしまう。私たちはコミュニケーションをとりながらアートをつくり、それは人間だけでなく、動物とのコミュニケーションも含んでいるというわけです。
 日本人のアーティスト、塩田千春の美しい作品もバンコクに展示されていますし、アンソニー・ゴームリーの作品も、ぜひ観に来てください。人々が敬意を払う寺院に、ゴームリーの作品を中国の獅子像と並べて展示しており、そこには何か対話が生まれているように感じます。ただ、寺院に作品を設置することは本当に簡単なことではありません。常に複雑さが伴い、人々にアートとは何かを理解してもらうために、いつも挑戦し続けることになります。しかし、それこそがおもしろさでもあり、どうやってコミュニケーションをとり、アートとは何か、人生とは何かを人々に議論してもらうことを私たちは常に考えています。
 タイのアーティスト、モンティエン・ブンマーの大作も寺院の中に展示しています。そして、中国の反体制的なアーティスト、アイ・ウェイウェイによる作品は、バンコク芸術文化センターに展示されました。ここでもまた、あるコミュニケーションが生まれました。作品は好評でしたが、移民やディアスポラ(離散の民)を扱った内容であったため、作品を公開する前に中国大使館の人がやって来て、「この作品は展示しないでください。アイ・ウェイウェイの名前も削除してください。彼はブラックリストに載っています」と言いました。「私たちは中国を尊重しています」と伝えながら、作品はすでに搬送中であることを理由に、長い時間をかけて交渉しました。最終的には、会期を通して展示することができました。
 イギリスのアーティスト、トニー・クラッグには新しく開業した商業エリア「ワン・バンコク」のための作品制作を依頼しました。ワン・バンコクは複合的な機能をもつ場所で、ホテルがあり、ショッピングも楽しめる多くの人々が行き来する場所です。直島の多くの作品がそうであるように、この作品は、ビエンナーレの期間だけでなく、恒久的に展示することを意図して制作を依頼しました。複合施設に設置することで人々は作品に愛着を持ち、長い期間楽しむことができますし、やがてタイのランドマークのひとつとなることでしょう。

 最後にお伝えしたいことは、「アートを見る」ということは、実は簡単なことだということです。大切なのは、そのために時間をどれだけ費やせるかということです。私は、数学というものを果たして理解しているでしょうか?政治や経済は?あなたは経済や政治を理解していますか?もしかしたら、理解しているかもしれませんし、していないかもしれません。少しだけかもしれません。では、アートについてはどうでしょうか?私は、アートは決して有害なものではなく、人を育み、豊かにしてくれるものだと思っています。冒頭に、直島にいらっしゃる皆さんがうらやましいと申し上げたのは、人を育て、豊かにしてくれるアートだけでなく、自然、環境によってもまた健やかな生活をされているからです。

登壇者プロフィール

アピナン・ポーサヤーナン
(バンコク・アート・ビエンナーレ最高責任者兼芸術監督)

Apinan Poshyananda

アピナン・ポーサヤーナン

アピナン・ポーサヤーナン
(バンコク・アート・ビエンナーレ最高責任者兼芸術監督)

Apinan Poshyananda

タイ文化省「現代美術と文化」事務局長、文化振興部局長、常任秘書。タイのアーティストのためのシルパトーン賞とアートファンドを創設。ヴェネツィア・ビエンナーレ(2003、2005、2007年)のタイ館、アジア・パシフィック・トリエンナーレ(1993、1996年)などの国際展など多くの企画を手掛ける。ソロモン・R・グッゲンハイム美術館、ナショナル・ギャラリー・シンガポールの委員会メンバーを歴任。タイ・ビバレッジ株式会社のアドバイザー、ワン・バンコクの芸術文化委員会のメンバーも務める。