「豊島シーウォールハウス」新展示公開と
2019年11月4日のフィナーレに寄せて

豊島シーウォールハウス
豊島シーウォールハウス アンリ・サラ
写真:大林 直治

2016年10月8日、豊島・硯地区に、「豊島シーウォールハウス」は開館しました。ここに作品を展示するのは、アルバニア生まれのアーティスト、アンリ・サラです。

次世代を担うアーティスト支援を目的として授与されるベネッセ賞※1の第10回受賞者であるアンリ・サラは、3年の月日をかけて展示を構想し、豊島シーウォールハウスを完成させました。

今回のストーリーでは2019年11月4日をもってフィナーレを迎え、閉館する豊島シーウォールハウスについて、その初期展示を振り返るとともに、2019年春に行われた展示替えについてご紹介します。

※1 次代を担うアーティスト支援を目的に、ヴェネチア・ビエンナーレ参加作者を対象に株式会社ベネッセホールディングスが授与。過去の受賞者は蔡國強、ジャネット・カーディフ&ジョージビュレス・ミラー、オラファー・エリアソンなど。第11回ベネッセ賞(2016年)はシンガポール・ビエンナーレにて選考/授与。

第10回ベネッセ賞受賞を起点に

豊島シーウォールハウスの制作プロジェクトがスタートしたのは、2013年ヴェネチア・ビエンナーレで行われたベネッセ賞授賞式の直後でした。「世界のアートシーンと直島を繋げる」役割を果たすベネッセ賞では、受賞者にはベネッセアートサイト直島での作品制作の機会が与えられます。

その第10回受賞者であるアンリ・サラは、ベネッセ賞を受賞した数か月後、初めて瀬戸内を訪れ、直島、豊島、犬島にあるベネッセアートサイト直島に関わるすべての施設を訪問しました。そして豊島にて作品制作を進めることとなったのです。

このプロジェクトの舞台となった、豊島、硯地区の家についてアンリ・サラは開館当時のインタビューで次のように語ります。

「この家では『打ち捨てられた』感じを重視したかったし、実際それができたのでよかったです。初めてここに到着したとき庭や木や植物がこの場所を乗っ取っているようだったのを覚えています。また海に近いからか解放感も感じました。つまり、この家は隠された場所であると同時に開放的な空間とも接しているという二重性がありました」(Naoshima Note 2017 Jan)

豊島シーウォールハウス
豊島シーウォールハウス アンリ・サラ
写真:大林 直治

その言葉の通り、豊島シーウォールハウスでは「置き換え」と「置き去り」という考えのもと内と外、西洋と日本などふたつの異なる世界の出合いを感じることができます。次の章ではその初期展示内容についてご紹介します。

作品名「オール・オブ・ア・トレンブル」

豊島シーウォールハウスにおける、楽器や映像、サウンド作品を配したインスタレーション作品は「オール・オブ・ア・トレンブル」と名づけられました。これは英語の表現で、突然起こる振動のようなもの、驚きの要素をもたらすという意味です。しかしこの言葉には、アンリ・サラの作品を読み解くためのもう一つのストーリーが隠されています。

1930年初め、イギリスの音響技士ハンフリーによる一つの発明がありました。ハンスフリーは単語に属する波動のパターンを音節ごとに一致する図としてつなぎ合わせそれを再生する試みの末、機械が工学的に読める図形を描くことでそれを声へと変換することを可能にしたのです。そのときはじめて発声に成功した言葉が「オール・オブ・ア・トレンブル」でした。

これが家屋の庭に足を踏み入れるとまず目に入ってくる作品「オール・オブ・ア・トレンブル(海の壁)」の作品名の由来です。

豊島シーウォールハウス
豊島シーウォールハウス アンリ・サラ "オール・オブ・ア・トレンブル(海の壁)"
写真:大林 直治

縁側に建つ土壁に設置されたロール型の版木がランダムなオルゴールの音色を響かせるというこの作品は、波のような模様が刻まれています。この模様がこの版木により描かれたものであることからオルゴールの音色が可視化された姿のように見受けられます。

豊島シーウォールハウスでの初期展示は本作品のほかに3つの作品によって構成されていました。

そのうちの1つは玄関を入って右手にある、太鼓の音を奏でる「ドルドラム(停滞)の狭間―パックマン」です。上下に設置された2台のスネアドラムの打面を行き来するドラムスティックの動作は、スピーカーから流れるサウンドの振動によって引き起こされています。作品テーマのひとつである「内と外の世界の出会い」はこの部屋でも展開され、土や小石、雑草や落ち葉は、作家自身が探し出し、自らの手で植えたものです。

そして、もう1つが映像作品です。室内に入ると、4室の和室であった室内の壁や襖が取り払われ、4枚のガラスで十字に区切られた空間が広がります。部屋中央の白壁には映像作品が投影され、鑑賞者はその映像に連動して瞬く光、それぞれ異なるサウンドを奏でるスピーカーの音を感じながら、室内を歩きます。やわらかい感触を残すグレーの床は、モルタルで薄く覆われた畳です。その感覚を味わいながら、ゆっくりと行き来する鑑賞者の姿はいつしか作品の一部のように作品空間に同化します。

最後の作品、室内奥には、いびつな形にゆがめられた奇妙な魚やウナギ、その隣に同じく歪んだ「豊島、直島、犬島」の地図が書かれたドローイング作品が展示されています。繊細なタッチで描かれたこの作品は「国」や「境界」の恣意性を強調し、土地のもつ本来の意味を問いかけます。

これが開館当初の豊島シーウォールハウスの展示内容でした。

豊島シーウォールハウス
豊島シーウォールハウス アンリ・サラ "無題( La Marbree, La Prycka, La Branchiale, Le Planer / 豊島、直島、犬島)"
写真:大林 直治

2019年新展示公開-さらなる2つの異なる世界の出合い

豊島シーウォールハウス
豊島シーウォールハウス アンリ・サラ "If and Only If-互いに偽か真ならば "
写真:大林 直治

2019年4月、豊島シーウォールハウスでは展示替えが行われました。4つのガラスの壁が取り払われた室内では、新たな映像作品、「If and Only If-互いに偽か真ならば」を公開しています。

演奏家が操るヴィオラの弓の上をカタツムリが自由に「移動・旅」するこの映像作品では、ストラヴィンスキーによる「ヴィオラ独奏のためのエレジー」がカタツムリの歩みのペースに影響され、演奏家によって楽曲が有機的に編曲される様が映し出されます。その音楽はあたかもカタツムリの「大旅行」に添えられたサウンドトラックのように響きます。

海風、陸との境界線といった硯の土地の特徴に想起された今回の展示は「外と内」「西洋と日本」「人工と自然」など異なる領域間の出合いを体感させ、「人間の生」について深い思索を促すことでしょう。

「豊島シーウォールハウスという体験」

2019年11月4日をもって、豊島シーウォールハウスは閉館いたします。今後も「オール・オブ・ア・トレンブル」等の展示作品やアンリ・サラ作品との出合いは世界中のあらゆる場所で訪れることと思いますが「豊島シーウォールハウス」での展示につてはこの秋でフィナーレです。皆様には新しい映像作品に合わせ、豊島シーウォールハウスを体感いただければと存じます。

最後に、アンリ・サラの開館当初のインタビューをご紹介します。

「鑑賞者の皆さんには、何の期待や目標も持たずに、ただ『豊島シーウォールハウス』を巡り、ゆっくり過ごしてほしいと思います。私の作品は全てを語らない分、鑑賞者自身の"声"や主観的な体験のための余白があり、鑑賞者の主観に多くを委ねています。私は展覧会をするとき、そこがどんな場所なのか、周りの環境や生活のペースはどんなものなのか、人々にどんな時間が流れているかといったことも考えます。(中略)ここで起こっていることは、見てすぐに理解できるといったものではありません。ただ、理解する、しない、ということが問題ではないのです。ときには何かが表れて、自らを明かすでしょうし、別のときには別の何かが現れるでしょう。ですから、ここは一軒の『打ち捨てられた』家でありながら、人々の再訪が歓迎される場所なのです」(Naoshima Note 2017 Jan)

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