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李禹煥アーティストトークからみえてくるもの
―"分からなさ"を受け入れるということ―

1960年代後半から「もの派」と評される現代アートの動向の中で中心的な役割を担ってきたアーティスト・李禹煥。2010年に直島の倉浦に開館した李禹煥美術館の作品は、静かに繰り返される呼吸のリズムにのせて描かれた筆のストロークの平面作品や、自然石と鉄板を組み合わせ、極力つくることを抑制した彫刻作品など、空間と融合した余白の広がりを感じさせます。

李氏自身の言葉を通して改めて李禹煥美術館での体験を掘り下げるべく、今年1月、直島にてアーティストトークを開催しました。

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トークでは「アートと出会う」というテーマのもと、芸術家とはいかなるものなのか、また1960年代以降の大きな時代の流れの中で李禹煥というアーティストがどのように生まれ、今のような制作スタイルをとるようになったのかを中心に、お話いただきました。今回のブログでは、トークの中で語られた李氏の言葉をご紹介しながら、李禹煥美術館での体験について掘り下げて考えてみます。

「芸術家は時代の子である。」

1960年代や70年代初めのように、人々が1つの理想に向かって突き進む時代とは違い、価値観の多様な現代に生きる芸術家にとって、多くの人々の心に響くような作品を生み出すことは容易ではありません。また現代アートでは、今まさに現実の世界で進行している、解決していない問題や事柄を扱って作品を作る場合も多く、芸術家本人でさえどうなるか分からない作品を作っていることも多々あります。芸術が常に現実の世界と関係を結んでいるからこそ、その芸術家がどんな時代を生きているかによってつくられる作品や表現は変化し、また、それを鑑賞する人との関係の中で、作品の捉えられ方も変わっていくのだと李氏は言います。

では、李氏の考える、時代を超えて普遍的な価値をもつ作品とはどのようなものなのでしょうか。

「理路整然と整理ができて、ちゃんと先が分かっているようなものは、アートにはならない。

無意識、狂気、混沌、矛盾――。人間は面白いことに、そういったものが作用しながら出来上がっているものを面白がる。」

科学者や宗教家は、明確な論理・信条を持ち、人に対してそれを理路整然と説明できなくてはなりません。説明し、できるだけ多くの人に知らせ、理解を促し、広めることが求められます。一方、芸術家はその正反対。皆がすでに知っていること・分かりきっていることを作品にしても、誰も感動はしません。人は見たことのないもの・感じたことのないものに心を動かされます。だからこそ、芸術家は、無意識、狂気など自分でも分からない、未知なものと向き合う必要がある、と李氏は語ります。李氏自身も、作品を作るときは、試行錯誤の末に、最初につくろうと思っていたものとは全く違うものができあがったり、自分でもよく分からないものをつくり出すことがあると言います。

「僕の場合は、表現とは、自分の思いを表現することではなくて、自分と対象物との相互関係で成り立つものだと思っています。空気や時間、さまざまな要素が関わって、表現が出来上がる。向こうから来るイメージとこちらがぶつかって、そこに何事かが起こり得るんだと思うんです。」

呼吸を整え、キャンバスや自身の体と対話しながら線や点を描いていく、あるいは長い時間歩き回り、様々な角度から眺め、空間を十分把握してから彫刻作品の置き場所を決めていく――。どんな作品になるかは、描いてみなければ、設置してみなければ分からないのです。

「同じものを見ても、その都度違って見えるもの(作品)」

李禹煥作品の見方は、みる人に委ねられます。空間に石と鉄板が置いてある作品を見て、「石と鉄板が仲良く話をしているように見える」と感じる人もいれば、「石は鉄板に背を向けて、そっぽを向いて遠くを見ている」と感じる人もいます。何度もこの美術館を訪れる人の中には、「同じ作品を目の前にしているはずなのに、前回と違って見える。そうすると、前見たときから今日までの間に、自分の内面に何か変化があったと気づくんです」と言葉を残す方も。

見るたびに違うものを感じさせる、それこそが作品の力だと李氏は言います。

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李禹煥「関係項-合図」2010年(李禹煥美術館)

「(作品は)完成したとか、終わったってことは恐らくない――。絶えず動いていて、判断がつかないもの。」

作品それ自体も一見変化がないように見えますが、自然環境の中で常に変化し続けています。これから数十年経つ間に、鉄板は少しずつ錆びて赤くなるかもしれない、周囲の木々が成長し、作品空間に入ってくる光を遮るかもしれない、それら1つ1つは不確定で、作品をつくった李氏本人にも分からないのです。芸術家の想像を超えるような変化が作品に起こるかもしれない、これから美術館を訪れる人が作品に対してどんな感想を持つのか分からない、それは芸術家にとってはある種大きな不安要素であるかもしれません。しかし、李氏はそれこそが作品の力となり、未来への可能性となるのだと言います。人も美術館も作品も、それぞれが変化しながら、それらが出合った時に、李氏の言う「何事かが起こり得る」のだとも言え、それは恒久展示の美術館だからこその豊かさでもあるでしょう。

李氏は、李禹煥美術館が開館するに際し、このような言葉を残しています。

「(作品も)生きた場所でありたい」

李禹煥美術館とそこにある作品は、これから訪れる人々によって、自然によって、それ以外の様々な出来事によって、まだまだ進化し続ける"分からなさ"を持っていると言えます。作品を見る側である私たちも、作品と向き合ったときに感じる分からなさを不快なものとして排除するのではなく、その"分からなさ"を受け入れることで、新たな面白さに気づいたり、自分自身のこれからに光を見ることができるのかもしれません。

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