「犬島 くらしの植物園」オープニング記念トーク
(建築家・妹島和世×ガーデナー・明るい部屋)

先月からオープンした、「犬島 くらしの植物園」。犬島 ランドスケーププロジェクトを手掛ける建築家・妹島和世と、ガーデナー・「明るい部屋」による共同プロジェクトです。犬島で長く使われていなかったガラスハウスを中心とした約4,500㎡の土地を再生し、犬島の風土や文化に根ざした庭園・植物園として蘇らせていく計画です。

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「犬島 くらしの植物園」

いわゆる珍しい樹木や変わった草花を観賞する植物園ではなく、来訪者が犬島の自然に身を置きながら、ワークショップ等を通してここで様々な体験をし、「くらし方」についてともに考え、長い期間をかけて作り上げていく場所です。

オープニングを記念して、植物園のガラスハウス横のテラスにて、妹島和世さんと、「明るい部屋」の橋詰敦夫さん、木咲豊さんによるトークを開催しました。

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橋詰敦夫さん(左)、木咲豊さん(中)、妹島和世さん(右)

「明るい部屋」の二人が犬島に関わることになった経緯

この植物園をきっかけに東京から犬島へ移住した、「明るい部屋」のお二人。彼らが犬島に関わることになった経緯から、お話いただきました。

橋詰:
「私たちは、『明るい部屋』という名前で、いわゆるガーデナーをやっていて、東京の品川区で10年間、花屋としてお店を構えていました。

私たちが犬島に関わらせていただくことになったきっかけは、2010年から公開されている犬島『家プロジェクト』の植栽の仕事をさせていただいたことなんですね。2009年に、東京のカヤバ珈琲という老舗の珈琲屋さんの小さな植栽をやらせていただいたんですが、それをたまたま長谷川祐子さん(犬島「家プロジェクト」アーティスティックディレクター)がご覧になって、『ぜひ犬島にできる新しいアートプロジェクトの植栽を』とわざわざお電話をくださったんですね。それで、建築を担当される妹島さんのところに植栽の企画案を持っていくということになりました。」

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橋詰:
「最初はなかなかうまくいかなかったんですが、何度かプレゼンを重ねるうちに妹島さんの意図やいろんなことがわかってきて、"自然にみえながら、しかし決して自然のままではない"、そういうようなことを意識するようになりました。

例えば、I邸の庭は、いわゆるお花畑。これも自然のままだと、こんなふうにはならないんですね。」

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「明るい部屋」が手がけた、犬島「家プロジェクト」I邸の庭

橋詰:
「草が生い茂って、何か特定の植物が寡占状態になったり、例えば一面コスモス畑になるようなことが自然の摂理なんですけども、多様な種類がポツポツ出ていて、それでいて野原のようになるイメージ。妹島さんと5~6回やり取りを繰り返しながら、そんなことを自分たちのテイストとして意識するようになっていきました。おかげで、自分たちの庭に対する考え方について、一つの方向性が見えたかなと思います。庭も、2年目、3年目と経て、だんだん自然のように馴染んできたかなと思っています。」

東京にいては感じられなかった、
人と接しながら一つの庭をつくるという体験

橋詰:
「そういうかたちで、犬島と我々とが接点を持たせていただいて、毎年3~4回メンテナンスに来るうちに、犬島の魅力に取り込まれていくというようなことになりました。我々がつくった庭は、犬島の方々が日々メンテナンスをしてくださっていて、今日このトーク会場にも何名かいらしていますが、雑草を抜いたりする作業を日々やってくださっているんですね。今までは、自分たちがつくった庭は、自分たちでメンテナンスすることが多かったんですけども、犬島のみなさんが丁寧に雑草を抜いてくださる。それはすごい経験でした。」

妹島:
「家プロジェクトの植栽を始められた頃、橋詰さんと木咲さんはまだ東京にいらっしゃるわけで、何か手入れが必要な度に犬島に来るのはとても無理だと。そこで、島の方がそれを買って出てくださって。お二人にも時々来てもらって、それらを組みわせながら庭をつくっていくというプロセスが印象深いなと思います。」

橋詰:
「そういうプロセスの中で、我々も"コミュニティーガーデン"のようなイメージを強く持つようになっていったんですね。庭造りをしている最中に、島の方は毎日どなたかが必ず来てくれます。差し入れをいろいろ持ってきてくださって。いただいたトマトを休憩中に食べたり、夜はご飯をご一緒させていただいたり。こんなに人々と接しながら一つの庭を造っていくという体験は、本当にかけがえがなくて。単に庭が綺麗とか、心地いいと言って見て終わるんじゃなくて、何かいろんなアクションが起こる、いろんな交流が起こるということを考えるきっかけになった、我々にとっては本当に重要な場所でした。」

お互い気になっていた、西の谷のガラスハウスの存在

現在、犬島「家プロジェクト」が展開されているのは、犬島の中央から東側にかけての集落。2010年当初は3つのギャラリーからスタートし、2013年にさらに2つ加わって現在の状態になったころから、妹島さんの中では島の西側への展開が描かれていたようです。そして昨年春より、家プロジェクトの延長上に位置づく新たな試みとして「犬島ランドスケーププロジェクト」が始動。犬島全体をひとつのランドスケープ、建築として考え、島民や各地から訪れた多くの人の手を通じてひとつの環境を作り、自然と社会の関係性を考えながら、ゆっくり滞在できる時間と場所をつくっていくという長期的なプロジェクトです。

ちょうど時を同じくして、犬島に通いはじめた「明るい部屋」のお二人にも、犬島で何か始めてみたいという思いが芽生えていたそうで、妹島さんも「明るい部屋」のお二人も、お互い奇しくも、犬島の西側にあるガラスハウスの存在が気になっていたとのこと。この場所はかつて、対岸の犬ノ島にある香料会社で働く人々が暮らす社宅が建っていた場所で、のちに建てられたガラスハウスは、香料研究に使用する植物栽培のために建てられたものだといわれています。

この場所を活用できないか、とお互い考えていたことがわかり、そこから植物園の計画が具体化していくことになります。

妹島:
「私が最初に犬島に来てから10年くらい経ちますが、現在、家プロジェクトのギャラリーがある東側のまとまった集落を1時間くらいで見て帰ってしまうのではなくて、東側とはまた雰囲気の違う西側にもギャラリーをつくることで、そこも含めて訪れてもらえるようになれば、犬島をもっと違ったふうに体験できるんじゃないかと思ったんですね。誰かから何か頼まれていたわけではないんですが、そんなプランを持っていて。ちょうど昨年の春先、村野藤吾賞を受賞した時に、お祝いのお花を木咲さんが持ってきてくださったので、その時にプランを少し木咲さんにお話したんですね。そうしたら、明るい部屋のお二人も気になっていた場所だったから慌てちゃって。私のものでも何でもないんですが、一週間後に木咲さんに『妹島さん、譲ってください』って言われたんですね(笑)。」

木咲:
「ここのガラスハウスを温室にして植物を育てることもできるし、ちょっと自分たちでも考えていたこともあったんですね。ちょうどたまたま、妹島事務所さんの植栽をメンテナンスしに伺う機会があって、その時に『この間うかがった話ですけど、実は僕たちもこういうふうに思ってまして...』とお伝えして。」

妹島:
「その時に聞かなかったら、お二人の中でも、もうちょっと温めていた話になっていたんでしょうが。

東京でお店を構えながらいろいろなことをやっていて、それはそれですごく楽しいけれども、実際の話、住む所を借りて、倉庫も借りてお店をやって...、お金をそういうふうに使うよりは、やっぱり犬島で花とともにある時間を考えたり、島全体のビジョンを考えられたらいいなというようなことを木咲さんが仰っていたんですよね。

これだけ移動が日常的な時代だから、明るい部屋のお二人も、定住というかたちではなく、例えば1年のうち1ヵ月だけ、あるいは週末だけ住むといったような、そういう犬島への関わり方があったら、みんなで少しずつこの場所を育てていけるんじゃないかなというような話はしていました。そうしたら、明るい部屋のお二人が『犬島に移住します』と言うから驚いて、『それはいいですね!じゃあ、一緒にやりましょう!』という話になって。」

橋詰:
「犬島に移住したいとは思っていたんですが、今すぐにというつもりではなかったんですね。でも、翌年が3年に一度の芸術祭だったこともあって、それに間に合えば...というような話になって、とにかく妹島さんにガーンと背中を押されまして(笑)。気が付いたら、今年の2月に犬島に移住していました。そういうかたちで東京から移住してきて、ここで暮らしながら、みんなでこれからの暮らしを考えたい、ということをかたちにし始めました。」

近代化の負の遺産を未だ残すこの島で

海から、空から犬島を眺めると、外観が少し他の島と異なることに気づきます。

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ひとつは、山がなくて島が真っ平であること。
島には、山が必ずあるものです。いわゆる造山活動で、山が隆起して周りに水が流れ込む、あるいは周りが陥没して残ったところが島になります。しかし、犬島には山がありません。
犬島は、良質な花崗岩(犬島みかげ)の産出で知られ、古くは江戸城、大阪城、岡山城の石垣の切り出し場となるなど、全国各地で犬島の石が珍重されています。明治30年頃から大阪港が築港されますが、「築港千軒」といって、大阪に運ぶ石を切り出すために犬島に石屋の職人たちが住み込むかたちで、最盛期、犬島には5000人ほどが住んでいた時代があったといわれます。当時、大阪港は浅瀬で大きな貿易船が入れず、土を掘っていくと、どんどん地面が崩れてしまうため、その留めのために「捨て石」といって犬島の石を大量に投げ込んだようです。島のところどころに池がありますが、それは自然にできたものではなく、石を切ってできているものなのです。

もうひとつは、煙突があること。
犬島ではかつて銅の製錬が行われており、その遺構を保存・再生するかたちで犬島精錬所美術館ができています。製錬所が稼働していた当時は、その煙害によって山に木が一本もない状態になっていたといわれます。

橋詰:
「明治の終わりごろに山を削られて、木もなぎ倒され、わずかに残った木も大正期の製錬でほとんど根絶やしにされる。自然、植物にとってはものすごく過酷な場所だったんだと思うんです。

山がない、そして煙突があるという風景は、2つとも人間の力で根こそぎ削り取ってしまった姿です。今の犬島は一見、緑が戻ってきて、ややもすると家まで浸食するくらいに植物の力が溢れてるんですが、基本的には一度自然破壊されている。そこから植生遷移で緩やかに回復してきている、その途上にあると思います。

植生遷移というのは、例えば火山噴火等で一回木が無くなる、するとイタドリやススキみたいにどこにでも生えるような雑草から生えてきて、しだいに低木が出て、陽樹といわれる松や桜が出てくる。おそらく犬島も、島の方が小さかった時はもう少し松が多かったと思うんですね。松くい虫でやられたということもあると思うんですが、おそらく植生遷移してるんですね。そこからどんどん陰樹が出てきて、そのまま植生遷移していけば最終的にはいわゆる照葉樹林、トトロの森のような硬い葉の暗い森になる。

我々としては、今戻ってきているこの力強い植物を、植生遷移にそのまま身を委ねるんではなくて、何か光景をつくりたい、そういう欲望があります。それも、妹島さんのランドスケーププロジェクトに繋がるかなと思います。」

妹島:
「そうですね。それも、いろんなサイクルを試そうとしていることの一つかなと思います。自分たちで風景をつくっていけるなんて思わないけれども、ちょっとずつであれば何かやれるのかなと思います。」

犬島の「小ささ」が魅力であり、パワーになる

橋詰:
「こうしたことは、犬島だからできることでもあると思うんですね。例えば、直島でこういうことをしようとしても、なかなか難しい。

ランドスケープをつくる、というとおこがましいところもあるんですけれど、半ばコントロールしつつ、半ば自然に身を委ねながら、ちょうど心地よい状態というのが出せるんじゃないかなと思えるのは、やはり犬島の"小ささ"がパワーであり、それが魅力だからなんですね。大きな島ではできないことが、ここではできるというようなイメージを持ったのが、動き出した一つのきっかけでもありました。」

妹島:
「犬島は、歩いてみると、もう体で全体がつかめるんですね。何度か来てると、何となくわかってくるから、来る人はみんな自分の島のように感じてきてしまいます(笑)。

ランドスケーププロジェクトは、みんなが少しずついろんなかたちで関わることのできるものです。例えばこの夏、犬島ではパフォーミングアーツの公演もありましたけれども、犬島に関わる方がみんなでこの島について考える、その拠点の一つとして、この植物園があります。

犬島は1時間くらいで一周できてしまうんですが、ちょっと留まれるところがあったり、泊まれるところがあるといいなと思っていて。
例えば、小さな倉庫をリノベーションして、そこに泊まれるようにする。それが島中に散らばっている。島の中心にはみんなでシェアできるキッチンやお風呂。ビジターの人もそこで料理をし、島の人もその日に作りすぎちゃったおかずなんかを持ってきて交換できるマーケットみたいな場所をつくる。島内のいろいろな場所に共有のスペースがあると、固定された自分の場所を持つというよりは、自分が移動することで、全部が自分の場所になる。大きな島だとできないけれど、小さい島だとできるんですね。

今、学生達に手伝ってもらって島内にもともとあった道を開通させたりしてるんですが、学生がたくさんいて島内に泊まっていると、この島が学校みたいにも思えてきます。それぞれの人がいろんなかたちで関わりながら、未来につなげていく――。ランドスケーププロジェクトはそんなふうに考えています。」

橋詰:
「僕らも、まだ犬島の住民になったばかりでおこがましいんですけれど、この島のいろんな使い方、住み方、くらし方みたいなものを考える拠点としてこの場を捉えたいと思って、移住してきました。

アートがあって自然があって、すごい場所です。でも僕らが一番魅力に感じたのは、ここでの、くらし方、島民の方達のくらし方です。
やっぱり東京にいると、何かを犠牲にしてお金をいただく、くらしを犠牲にして働く、そんなイメージがどうしてもつきまとう。良い面、悪い面両方あると思うんですけれども、くらすために働くのに、なんでそのくらしを犠牲にして働くのかなという矛盾がありました。それで、思い切ってくらしを真ん中にする働き方があるんじゃないかなと思ったのが、ここをやりたいと思ったきっかけでもあります。

『犬島 くらしの植物園』は、3つのテーマを持っています。
基本は、これからのくらし方をみんなで考える植物園であるということ。テーマとしては、やはり植物の力を感じることが一番にあります。植物というのは、単に目で見て綺麗だということではなくて、食べたり、飲んだり、薬にしたり、香りを嗅いだり癒したり、育てたり愛でたり...、本当に多様な使われ方がある。それをまるごと楽しみたいというのが一点。
もう一つは、自給自足をすること。食べ物だけじゃなくて、エネルギーまでここで自給自足を実践していきたいという希望があります。
それから最後に、だいたいこういうところは誰かがつくってできたものを公開するということが多いんですけれども、そうではなくて、みんなと一緒につくっていく場所であるということです。」

木咲:
「食べ物からエネルギーまで自給自足することは、決して簡単なことではないけれども、それを莫大なお金をかけたり、苦労して我慢しながらやるのではなく、身近な技術を工夫して楽しみながらやってみたい。それは、つまりは『ていねいにくらす』ということに尽きるのでは、と思っています。だから、世界中から『ていねいなくらし方』を楽しみたい、という人が集まってくる、そんな場所になればと思います。」

妹島:
「『在るものを活かし、無いものを創る』『ここでこれからのくらしを考える』と、福武さん(※公益財団法人 福武財団 理事長 福武總一郎)がよく仰いますが、確かにそうだなと私も思って。

今日も学生たちが島内で家屋改修のワークショップをやっています。今まで自分たちの生活する場所は何となく誰かがつくってくれるものだったとも思いますが、こういう場所があったらいいな、と思うものをもう少しみんなで考えてつくっていく、全体を繋げて考えられるような暮らしがいいんじゃないかなと思っていて、そういったことをまずここで考えられたらなと思っています。」

犬島ランドスケーププロジェクトの1つの恒久施設としてオープンした、この「犬島くらしの植物園」も、在るものを活かしながら"みんなでつくる"場所であり、現在も訪れる方々の力によって成長し続けていきます。植物園では、瀬戸内国際芸術祭2016会期後も、定期的にワークショップやイベントを開催していく予定です。

また、妹島さんのお話の中でも少し触れられた、レジデンス・スペース計画「犬島ステイ」も進行中。2017年のオープンを目指し、改修作業や運営のための整備が進んでいます。
犬島の新しい空間と提案に、今後もぜひご注目ください。

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