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丹羽良徳
「歴代町長に現町長を表敬訪問してもらう」

直島に2013年に開館した宮浦ギャラリー六区では、「瀬戸内国際芸術祭2016」開催にあわせ、会期ごとに異なるアーティストによって展開される連続企画「アーティストin 六区 2016」を開催いたします。ベネッセアートサイト直島では、「よく生きる」という普遍的なテーマを内包する恒久作品を通して、変化する「現代」や「自己」を考え続ける体験を提示してきました。本企画は、より直接的に「現代」という時代に向き合うため、2015年に直島を訪れた3名のアーティストと共に、作品やイベントを含む様々な企画を展開していくことで、来場者、島に暮らす人々などを巻きこみながら、多様な視点が交わる場を生み出そうとする試みです。

夏会期の丹羽良徳は、社会や公共空間に対して自らが行動し、それを映像作品化することで、人々が当たり前だと見過ごしているものへの認識を揺さぶり、抱える矛盾を解体し、公共性への新たな視点を提示してきました。近年は、1982年生まれの丹羽が生まれる以前に起きた歴史的事実を現代からアプローチする試み―「ルーマニアで社会主義者を胴上げする」(2010)や「モスクワのアパートメントでウラジーミルレーニンを探す」(2012)など、社会、思想、歴史に介入する作品を発表しています。

新作「歴代町長に現町長を表敬訪問してもらう」は、霊媒師や霊能者に依頼し、全16代にわたる歴代の直島町長を呼び寄せてもらい、現直島町長を表敬訪問することを試みたプロジェクトです。海に隔てられた「島」の歴史を現代に引き寄せる試みは、歴代町長の親族・子孫や、全国各地の霊媒師への交渉から始まります。時間の不可逆性を自覚しながらも、我々の礎にある「歴史」に対し、自らの視点で直接的にアプローチしようとする丹羽の行為の過程で見えてくるのは、公的な記録からは見えてこない歴史や、もはや確かめようのない故人の記憶や想い、霊の存在や霊媒という行為をめぐる、人々の認識の多様さです。

同時代に生きる人々を繋ぐメディアが多様化し、時代を超えた繋がりを引き受ける地域共同体が崩壊しつつある現代において、過去と現在、生と死、それらの繋がりをどう捉えるのか―。古来より様々な文化や思想が混淆する島国の「文化基盤」とは、何か―。文脈・文化を踏まえることから、作られる未来があるのではないか―。「町長」という公の存在を軸とした、丹羽の実験的な行為は、根源的な問いを内包しています。そして、ひとつの世界の見方を通して常に丹羽は問いかけるのです。「あなた自身は、どう考えますか」と。

―― 公益財団法人 福武財団



そもそも、認知するかしないを問わず、誰にでも血の繋がった両親が存在するわけであって、そうでない限りは誰しもこの世界に存在することはできない。言い換えれば、誰にでも祖先が存在してしまうということである。それは避けられない事実であると、少なくとも今はそう思っている。そして、その多くの祖先達は、この同じ世界で、少なくとも僕には同じと思えるこの世界で暮らしていた過去があり、その多くの祖先には直接会うこともなく、つまり彼らは僕が生まれるよりも先にこの世界から去った。我々は、彼らが生きた世界を土台として、いまここに生存している。また、強制的に故人を偲ぶ側に立たされた残された近縁の遺族たちが心の安寧を求めて口寄せに頼ってきた文化は、プライベートの空間にのみ留められ部外者の視点は存在しなかった。

今回のプロジェクト「歴代町長に現町長を表敬訪問してもらう」(2016)では、日本各地の霊媒師や霊能師に依頼し、直島町役場において歴代の直島町長・村長の霊体を呼び寄せてもらい、現町長との対面を実現させたものである。口寄せの行為を、あえてプライベートの存在に留めず、公人として町長・村長として霊界からの公式訪問をお願いしたのは、これまで近親者のみが立ち会う故人を偲ぶ文化であった口寄せを、誰しもがアクセス可能な編纂された公式の島の歴史の中で捉え直そうと考えたからである。そして、霊媒師や霊能師が発する一言一言に対して、我々は当然のように戸惑いをもって応え、その戸惑いをもって、より直接的に、より無茶な方法で、より自分では信頼できないと思っている方法で、もしくは先祖が残した文化や書物に一切依存しない方法で、この我々が生きる世界という土台へアクセスする新しい間口を開こうと考えた。

それは、このプロジェクトの撮影で青森のイタコを訪ねた時、ほとんど視力のない彼女から聞いた次の言葉によってさらに宿命づけられた。「イタコなので、眼がみえなくて、わかります」と彼女は我々に告げたが、ということは眼が見えると思い込んでいる我々には何がわかるというのだろうか?あるいは、ある研究者によれば、イタコの世界はイタコ自身が「自分は他の人とは違うんだ」という思い込みを素として作られていると解説してくれたが、裏を返せばあながちイタコに限った話でもなく、これからの時代や変化する価値観や社会情勢のなかで、どれだけ眼の見えると思い込んでいる我々が、思い込みを排除して世界を見渡すことは果たして可能なのかと、痛烈に問われているようでならない。

―― 丹羽良徳

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