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成長する島:開かれた桃源郷

長谷川祐子(キュレーター、犬島「家プロジェクト」アーティスティックディレクター)

犬島への巡礼体験は、唯一のものである場合、あるいは他の島々の訪問の一環となることも多い。特に他の島から回ってきたとき、犬島が他と異なる点は、そのスケールにあるといえる。1時間足らずで一周できるそのサイズは、一つの美術館の中を歩く体験時間と似ている。また、犬島「家プロジェクト」は島の中に散在することで、島民の生活と柔らかく共存することを目的としている。島全体を大きな見えない美術館と考え、「家」―パビリオンを、点在するギャラリーと見ることが出来る。1時間で見られるものはアートと、そして生きられた風景である。

生きられた風景は特に名勝というわけではない。島の人びとが農作業をしたり、枯れ草を焼いたり、昼下がり軒の下でゆっくり休んでいる様子を、花と野菜を一緒に植えた生き生きとした畑や、青い海を背景とした小さな家と一緒に眺めるような《普段着のうつくしい風景》である。

カフェができたり、一時的にでも外から人が移住してきたり、パフォーマンスが開催されたりと島は少しずつ新しいエネルギーを得てきている。また既存のガラスハウスを活用した植物園ができ、その周辺にレストスペースやピザ釜ができ、そこで人々が時間を過ごしたりワークショップができたりしている。

犬島の家プロジェクトのテーマは「桃源郷」。桃源郷は日常の延長にありながら、隔離された豊かな場所であり、そこに住む人々と物語を交換する場所でもある。普通の生活の延長上、人々の内的な潜在意識の中にある力や希望を、共有できる形に引き出すことであらわれる「桃源郷」的な場所というイメージである。

2018年の現在、F邸にはじまり、I邸から海にぬけていく各作品は、一連の物語として、F邸・名和晃平「生命の誕生」、石職人の家跡・淺井裕介「記憶の刻印」、S邸・荒神明香「変容」、A邸 ・ベアトリス・ミリャーゼス「色と形のエネルギー」、C邸・下平千夏「光景浴」、I邸・オラファー・エリアソンの「イメージの無限ループ」、最後に淺井の「侵入してきた海の生き物たち」という流れとなっている。「家」における作品の展示は3年間を基本とするが、プロジェクトによって、より恒久的に展示を続けるものと、基本的な展示を維持しながらこれが変化成長していくものの二つの組み合わせとなっている。

アートは場所や人びとによって育てられていくものである。キュレーターや作家の意図を超えて、すっかりその風景の一部におさまり、いつ来ても飽きさせない新鮮な視覚体験を与えてくれるものなど、恒久的に設置するのが適切といえる。荒神の約4000個のレンズの作品はより長く展示することとした。

成長する展示というのは、挑戦的な試みである。2013年から展示をしている作品において、2016年には、名和による子供の彫刻が成長したり、淺井による路上の絵画が海岸に拡張したりした。

最初のF邸は名和晃平、「ビッグバン―生命の誕生」の場である。素材の可能性を最大限に引き出して斬新な形をつくりだす名和が、家の周辺を含めた場全体を生物相とみて、ビッグバンを中心として、左右に動物相、植物相をつくっている。動物相に立つ少年、これは作家の知り合いの少年「レン君」の成長をときどき反映して変化する。また、反対側の植物相の庭では、植物たちが成長することも考えられている。

後ろの神社から降りてくる霊気によって新たな形が生まれるイメージや島の産業廃棄物利用など、島との象徴的な関係 -- 物語の形成を意識してきた名和は、今後、前庭に池をつくる構想も持っている。この「生命の池」は山から降りてきた霊気が、上にあるビッグバンとして生命の形となり、それがさらに建物の下に広がる庭とその先の木々の茂みに走り出て拡散していくさまを水の表情の変化を通してあらわそうとするものである。

石職人の家跡で、淺井は、地表にしつらえた特別な下地の上に白い溶着性のゴム素材というこれも独自の方法で描かれた素朴で力強いイメージを地面や石の上に展開している。四角く囲むような形で、犬島の石を運びその上に花などのイメージを焼き付けて拡大した石職人の"遺跡"は、その存在感とイメージの軽やかな楽しさの対比を見せている。また、石の間に見える土に植えられたすっきりとした椿の木は、この「記憶の場所」に、変化する生命の庭としてのときめきを付加している。

荒神によるS邸のレンズの展示は、昆虫の目のような複眼性を持たせ、非日常的な視覚体験にいざなう。円形のA邸は、2018年の秋にブラジルのアーテイスト、ベアトリス・ミリャーゼスの「Yellow Flower Dream」に新しく変わった。これは花びらのような円環状のギャラリー内部を17枚のガラス板でしきり、そこに色とりどりのカラーシートを使って絵を描いたもの。17枚の絵は花や波といった島から得たインスピレーションが大胆で明るい色と形で構成されている。黄色に塗った屋根の色とあわせて、ガラス面に少しずつ重なりながらみえてくるカラフルな視覚のリズムがブラジルの生のエネルギーを伝えてくれる。

C邸の下平千夏の展示は、オープンに戸を開け放っており風景の内部と外部をつないでいる。水糸という水平をとるための特殊な糸を使い、その質感と蛍光の黄色の明るい色彩とを駆使して光線のような光を暗示させる展示が展開されている。その一部はハンモックになっており、光の下りた先が結ばれてそこに座ったり寝たりできるような、造形性と参加性が一体となっている。この空間は「光景浴」をイメージしている。

I邸は、オラファー・エリアソンのインスタレーション「Self-loop」である。エリアソンはその光学的な知識と、自然現象を部屋の中に取り込む新しい感覚によって高く評価されている作家である。彼は家の中に3つの鏡を配置し、そして2方向に開かれた窓からの風景を結びつけた。部屋のある一点において来場者は無限のトンネルのちょうど中間に位置する体験を得ることになる。これを探す旅が新しいこの犬島「家プロジェクト」のハイライトの一つになっている。たった一つの無限の空間とつながるスポット、無限空間への旅がテーマとなる。

最後に港に戻る夕凪の道すがら、淺井の神話から出てきた海や陸の動物や花たちがひそやかな華やぎをもって海沿いを彩る。とりわけ海の動物たちは波と一緒にこちらにうちあげられたかのように活気づいている。成長していく犬島「家プロジェクト」はそれぞれの作品が独自の生命の展開をとげる。そして新たに加わった海外の素晴らしい作家たちが、より異なった深さやうつくしさをこの桃源郷に与えてくれる事だろう。

一つのアートの有機体として、生命として展開していくこの島は、アートが環境と一体となって一つのオーガニクスを得た稀なプロジェクトといえる。

2018年11月

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